ハンドル名
Hiikichiさん
ブログタイトル
歴史の謎に誘われて
ブログURL
http://historical-story.blog.jp/
ブログ紹介文
もっと語られるべき史話と騙られ過ぎている史話を怪説するBLOG
自由文
世界の「男女史」「社会史」を怪説しています。 「解説」ではなく「怪説」です。
更新頻度(1年)

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ブログ村参加:2013/09/16

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Hiikichiさんのブログ記事

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  • 七王国の愛憎史(5)~アルフレッドの大王たる所以~

    871年にウェセックス王国の王位を継いだアルフレッドは、899年の崩御までの約28年間で、デーンロウを除くブリタンニアのほぼ全域を支配し、全てのアングロ・サクソンの王=「大王」と称された。が、デーン人にとっては勢力範囲をブリタンニア東北部にとどめられた事

  • 七王国の愛憎史(4)~海に出たウェセックスと陸に上がったヴァイキング~

    「アングロサクソン人全ての王」を最初に名乗ったという説があるマーシア王国のオファ(在位757年~796年)は、七王国全てを統一出来たわけではない。"大王"気分をほんの短期間味わっただけに過ぎない。オファ王以前、7世紀には、ノーザンブリア王国が大きく栄えた時

  • 七王国の愛憎史(3)~ゲルマンの輪廻転生~

    マーシア王国とノーザンブリア王国が(両国内の内乱も含め)血で血を洗う抗争を繰り返し、互いの力を削ぎ合う中で台頭したウェセックス王国の"ウェセックス"とは、ウエスト・サクソン=西サクソンを意味します。ウェセックス王国建国の祖とされるセルディック王については謎

  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(22)~宇佐美の陰謀?~

    上杉謙信=長尾景虎が小説や映画で描写される時に切っても切り離されないのが毘沙門天。毘沙門天信仰に没頭していたとされる謙信に始まったことではなく、長尾一族は神仏信仰の心が篤かった。しかし、神仏に対する崇敬心がどれだけ高くても長尾本家・分家それぞれ代々の当主

  • 政治指導者は冷笑主義では務まらない

    シニシズム(cynicism)=冷笑主義は、古代ギリシャの哲学者アンチテネス(紀元前455年頃の生まれ)を祖とするキニク学派に始まったと云われる。禁欲生活に嵌まった人はアンチテネスよりももっと古い時代から数多存在したでしょうけど、度を越えた禁欲によって他

  • ヒトに人権はあるにせよ、総てのヒトは同格ではない

    人権は、それを思いついた誰かの想像の中にしか存在しなかった。そして神もまた、それを思いついた誰かの想像の中にしか存在しなかった。初期の頃のヒト同士が互いを見合って、俺とお前は同格であり尊敬し合おうと暗黙の了解をしたのかどうかは知らないが、ヒト♂とヒト♀の

  • 七王国の愛憎史(2)~リアル、ゲーム・オブ・スローンズ~

    ブリテン島の"名付け親"となったのはブリトン人ですが、ブリトン人が何処から此処へ流れ着いたのかはハッキリしない。そして、ブリトン島内でピクト人やスコット人などと居住権を巡る熾烈な争いを繰り広げていた。血で血を洗う抗争に値する程、ブリテン島は古代から豊かな場

  • モルダヴィアの英主の最期

    1497年。ハンガリーから齎された情報通りにポーランド軍はモルダヴィアへ侵攻する。ヤン1世の目的が最初からそうだったのか、それは何とも言えない。何せ、その情報を鵜呑みにして、先に、親ポーランドのハールィチを攻撃したのはステファン3世率いるモルダヴィア軍で

  • マーチャーシュ1世亡き後のハンガリーと周辺国家動向

    4世紀のフン族が広大なパンノニア平原(ローマ属州パンノニア)の一角にフン族の国家=ハンガリーを建国した時、強大なフン族を統率していた王アッティラの名はあまりにも高名で、日本人の多くもその名を知っている。当時のフン族は、同じ遊牧騎馬民族のアラン族やゴート族

  • 七王国の愛憎史(1)~ブリテン~

    賛成202、反対432。定数が650とされるイギリス議会下院で行なわれたEU(欧州連合)離脱合意案の採決が行なわれ、圧倒的多数を以って反対票が賛成票を上回り、政府与党案が否決された。という報道が日本でも大きく取り上げられています。イギリス本国が現在の形(

  • フニャディ家によるハンガリー統治の終焉

    ビザンツ帝国=東ローマ帝国が1453年5月29日に終焉し(参照記事1)、帝国再起の願いを込めコムネノス家が一縷の望みを掛けていたトレビゾンド帝国も1461年に消滅(参照記事2)。というわけで、正教の守護者としての"ローマ帝国"は15世紀半ばに完全に終わった

  • 氏神様の話

    平成の大合併で、以前の市町村名がまるで変ってしまい風情がないと嘆いた人は少なくなかったでしょうけど、平成から変わる新しい元号になってもそういうことは起こり得るでしょう。ところで、市町村名が変わること以上に変わって(消えて)困るのが明治や江戸時代以前の旧地

  • バサラブ朝の内乱と"蝙蝠"

    我が国では、主君を変えたり、同盟先を変えるなどを頻繁に行った武将を指して"蝙蝠武士"と呼び蔑視の対象とされた。蝙蝠は、感染症の原因となる病原体を有することが黒死病などの感染症に苦しめられたヨーロッパではよく知られていて、そういう意味で蝙蝠は恐れられ嫌われて

  • ドラクル公の呆気ない最期

    ヴァスルイの戦い(1474年年末~1475年1月)でオスマン軍にとって最大の脅威となったセーケイ人ですが、彼ら(セーケイ人)は、トランシルバニアの主要支配三民族(他はマジャール、ザクセン)の1つであり、国境地帯防衛に尽力していた戦闘的な人々です。ちなみに

  • ローマ神話の始まりの一説

    ペロポネソス半島の中央部に位置するアルカディアは、古代ギリシャ当時は、豊かな経済と高い文化を先行させたことで知られています。古代のアルカディア出身者として最も有名な文化的英雄エウアンドロスは、トロイ戦争の約60年前にイタリア半島へ渡り、後のローマの前身都

  • 上杉謙信を女性説に基づき語る(22)~天文二十年~

    藤原北家勧修寺流の一門は、「竹に雀(竹輪に飛び雀)」を家紋として用いている。(画像は著作権侵害怖いので、ネットで検索して下さい。)勧修寺の一門である上杉氏の家紋も「竹に雀」(竹丸両飛雀とも称される)。1459年に、当時の関東を二分していた上杉氏と足利氏

  • 普遍的で永遠の正義の原理・・・などない?(5)

    ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、ヒトは造物主によって造られた生き物ではなく、生物学上の進化を遂げた人類であることを、著書『サピエンス全史』の中に強調しています。そして、万人はけっして同等ではなく、また平等の権利を与えられてもいないと断言しています。それを、自

  • 普遍的で永遠の正義の原理・・・などない?(4)

    "下手の考え休むに似たり"という諺がありますが、下手の考えも寄せ集めれば"考えるだけ無駄"な有りもしない嘘話を真の話に変えてしまう。ヒトの脳は兎に角「休んでくれ」と頼んでも色んなことを思い描かせ、寝ている間でさえ夢想させようとする。下手の考えほど休みたがらな

  • 普遍的で永遠の正義の原理・・・などない?(3)

    『サピエンス全史』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、あらゆる人間が平等であるという考え方は神話に過ぎないと断定し、(もしも平等だと言うのであれば)いったいどういう意味合いにおいて、あらゆる人間は互いに同等なのだろうか?と疑問を呈している。全く以てハ

  • 普遍的で永遠の正義の原理・・・などない?(2)

    日本国憲法第13条(すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。)に、大きな影響を及ぼしたとされるのが、1776年7月4日のアメリカ合衆

  • 普遍的で永遠の正義の原理・・・などない?(1)

    法律(法典)は、協力マニュアルの役割を果たすものである。と、『サピエンス全史』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏はそのように述べています。兎角「法」は、守らせる為にあり、守らない者を罰する為にある。という様に接して来た人が少なくないと思いますが、"協力マ

  • 新春書初め・・・神話の話の続き

    「明けまして おめでとうございます」目の異常と仕事多忙&事務処理煩雑等々で、昨年後半は全く記事更新出来ませんでした。そういう状態にも関わらず、多くの皆様にお読み頂いていたことを心から感謝申し上げます。目の状態も回復して来て、仕事&事務処理多忙状態も何とか

  • 神話があったからこそ「協力」が生まれ、国が生まれた

    『サピエンス全史』の中で、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、次のような文章を書いている。===以下、引用===一つの町で1000人を養えたり、一つの王国で100万人を養えたりするだけでは、人々が土地や水をどう分け合い、対立や紛争をどう解決するか、旱魃や戦争のときにど

  • ヴァスルイの戦い

    オスマン朝メフメト2世への朝貢を止めたモルダヴィア公国のステファン3世からの支援要請に対し、ローマ教皇シクストゥス4世は、ポーランドとハンガリーにそれぞれモルダヴィア支援を打診する。が、以前書いたように(参照記事)、当時はボヘミア王位を巡ってポーランドと

  • トランシルヴァニアの謎

    現在、ルーマニア人8割、ハンガリー人2割という住民比率であるトランシルヴァニア(現ルーマニアの中央部~西部にかけての地方名)ですが、第一次世界大戦前は、ルーマニア人6割、ドイツ・オーストリア人1割、ハンガリー人3割だった。第一次世界大戦後、ドイツ人排斥運

  • ダキア

    "新たなローマ市民国家"という意味を持つ「ルーマニア」が"共和政国家"だった期間は、1947年~1965年「ルーマニア人民共和国」、1965年~1989年の「ルーマニア社会主義共和国」の約40年間のみ。そもそも、ルーマニアという名称を使用し始めたのも1861

  • 不安こそが人間社会の原動力

    農耕が始まったその時から、人間はそれ以降の「未来」に対して常に不安を抱えて生きて来た。雨季は遅れずに訪れるのか、降り過ぎることはないのか、風は大丈夫か、苗が倒されることはないのか、川は大丈夫か、氾濫しないのか・・・。そのような心配は農耕時以外の現代人の不

  • 正教とカトリックと・・・ドラキュラの握手?

    "自由なスラヴ"を標榜する東欧・バルカン諸国では、教皇の力が強いローマ・カトリック教会を嫌い、(19世紀ドイツの自由主義神学者アドルフ・フォン・ハルナック曰く)「原始キリスト教に、ギリシャ及び東洋の異教的要素を加えた」正教会を受け入れて行った。そもそも、初

  • 未来不安を覚えた人類

    狩猟採集民は自然のままを受け入れた。農耕民も自然の恩恵を求めたが、しかし、人工的に手を加えて不自然である状態でも生きられるようになった。自然のままでは有り得ないビルの中で野菜が栽培され、自然のままでは有り得ない場所で魚介類の養殖が行われたり、そもそも、自

  • 怪説・足利幕府黎明期(21)~番外編・義堂と絶海~

    「応永六年九月の比。客星、南方に出けるを陰陽師の頭有世、勘へ申しけるは、太白、ケイ惑と合い交わる九十日の大兵乱なり・・・」で始まる『応永記』は、応永の乱(1399年)の背景と合戦について書かれたものですが、作者は不詳。この書は、応永の乱収束直後の完成品と