住所
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出身
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ハンドル名
大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」さん
ブログタイトル
大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/goo1120_1948
ブログ紹介文
さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です。多くのジャンルをさ
自由文
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ブログ村参加:2014/09/26

大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」さんの人気ランキング

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大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」さんのブログ記事

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  • 映画的詐術 『ひとりぼっちの二人だが』

    夕方、食事をしながらテレビを見ていると、千葉テレビで1962年の日活の『ひとりぼっちの二人だが』をやっている。前にも見たが、坂本九、浜田光夫、吉永小百合、渡辺トモ子らが総出演の青春映画である。坂本、浜田、吉永が、浅草で中学の同級生という設定だが、吉永は義母の楠田薫の手で、芸者として水揚げされようとしていて、ヤクザの内田良平や小池朝雄から逃げる筋になっている。ほとんどが浅草で展開される物語だが、ラスト近く、吉永、浜田、坂本の3人が浅草のクリーニング屋のビルに逃げ込む。と次の屋上は、横浜市の関内の横浜市役所の対岸のビルで、再来年には桜木町に移転する横浜市役所がはっきりと見える。そこから浅草での話に戻り、最後は脚本の熊井啓の日共民青的な「みんな手をつないで行こう」のスローガンになるのは嫌だが。千葉テレビ映画的詐術『ひとりぼっちの二人だが』

  • 『女賭博師』

    昨年亡くなった江波杏子の代表作『女賭博師』の1作目かと思うと、2作目である。最初は、よく知られているが、若尾文子を主演に企画された『女の賭場』で、この2作目の方が、江波に合う脚本にされている。江波は、都心でピアノバーをやっている女性だが、写真のモデルでもあるというように、現代的な女性にされている。その彼女が持つビルの2階で写真スタジオをやっているのは、恋人の本郷功次郎である。だが、江波の影の本職はというのが、賭博師である。市井の普通の人間が実は、というのは大映にあり、市川雷蔵の傑作『ある殺し屋』も、最初の作品では、割烹の板前、2作目では踊りの師匠だが、凄い殺し屋である。冒頭で賭場のシーンがあり、そこで江波の花札の勝負が披露され、そこに謎の女川口小枝がいて大負けして、彼女は金を持ち逃げして自殺を図ったサラリーマン...『女賭博師』

  • 黒澤明が見たら喜ぶに違いない 『キノ・プラウダ20号』

    日本映像学会の映画文献資料研究会の2018年度「科研費」研究のシンポジウムで、1924年のソ連のジガフェルトフの『キノ・プラウダ20号』、イギリスの1935年の『夜行郵便列車』、フランスの1961年の『ある夏の日』の3本の貴重な記録映画が上映された。最も興味深かったのは、ソ連のジガフェルトフ監督のサイレント映画『キノ・プラウダ20号』だった。これは、モスクワのピオニール(共産少年団)が農村と動物園に行ったことを描いた作品だった。ピオニールは、鼓笛隊を組織して村に行く。これは、黒澤明の晩年の愚作の『夢』の最後の「水車のある村」の日本共産党・民青と同じパレードであり、戦時中の戦意高揚映画『一番美しく』の光学工場の女工の行進とまったく同様の発想なのだ。そして、村でやる村人の「労働」が薪割りというのだから、これは完全に...黒澤明が見たら喜ぶに違いない『キノ・プラウダ20号』

  • 『ガキ帝国』

    1981年、大阪のプレイガイドジャーナル社が、日本ATGと共同で作った映画、脚本西岡琢也、監督は井筒和幸。時代は1967年頃になっていて、少年院から島田紳介が出所してきて、高校の友人松本竜介らと組んで大阪で騒ぎを起こしてゆく。中で、内藤洋子・舟木一夫の『君に幸福を』が挿入される。これは、1968年の正月映画で、『ゴジラの息子』と併映で、私は五反田大映で見たが、館内はガラガラで、ゴジラ映画の出演者の方がはるかに多いなと思ったものだ。東宝青春映画はきれいごとだと言いたいのだろうと思うが、この作品の汚な事は面白いかと言えば、結構問題はある。紳竜が対立する連中が、大阪のキタとミナミにいるが、そこがきちんと描き分けられていないので、どことどこがぶつかっているのか、役者が紳竜以外は、ほとんど無名の連中なのでよくわからない。...『ガキ帝国』

  • ここでも歌われる『若者の歌』 『街に気球が上がる時』

    大学の長門裕之が、アルバイトで宣伝のアドバルーンを上げる零細な広告代理店でアルバイトをする1961年の日活作品。同じ大学の学生だが、アルバイトでは先輩で、長門にいろいろと指示する男勝りの女学生が吉行和子。この「かかあ天下的男女関係」と言うのは、吉永小百合と浜田光夫がそうで、それは西河克己が意図的に作り出してきたものだと言っているが、この井田探監督作品でもそうなには少々驚く。井田は、あまり評判の良い監督ではなかったが、これはましな方だと思う。原作は曽野綾子で、脚本は新東宝等での娯楽作品を書いていた岡田達門。アドバルーンを上げる時に、強風やタバコの不始末等で事故も起きるが、最後子どもたちが夜、気球の上に乗って遊び、爆発して江木俊夫少年が大けがをする。いろいろあるが、なんとか治るようみんなで祈って歌うのが、「若者よ・...ここでも歌われる『若者の歌』『街に気球が上がる時』

  • 『メアリーの総て』

    怪奇小説の元祖『フランケンシュタイン』を書いたメアリー・シェリーの伝記映画を一言でいえば、ビクトリアン・コンプロマイズ、ビクトリア的妥協の作品となるだろう。19世紀のイギリスは、海外の植民地経営と産業革命の進行で空前の繁栄を迎え、また科学や進歩的思想が生まれるなど、文化も発展した時代だったが、総体的には「妥協」的で偽善に満ちた時代だった。大学の英文学史の授業で唯一覚えているのが、このビクトリアン・コンプロマイズ、「ビクトリア的妥協」というフレーズで、この映画の男たちは皆この言うこととすることが異なる、ビクトリア的妥協そのもののような連中である。進歩的思想家ウィリアム・ゴドウインの娘のメアリーは、父のところで学んでいた詩人P・B・シェリーと恋に落ち、なんと16歳で家出して彼と同棲する。この時、進歩的思想家だった父...『メアリーの総て』

  • 大みそかは横浜の映画館で

    31日は、阿佐ヶ谷ラピュタもお休みなので、やっている横浜の映画館を梯子してみることにする。まずは、若葉町のシネマジャック&ベティ、特に期待はしていなかったが、『日々是好日』は意外なほどにいい映画だった。大学生の黒木華は、挨拶が凄い女性だとの母親の言葉で、近所のお茶の先生樹木希林の家に、田舎から来て東京の大学に行っている多部未華子と一緒にお茶を習うことにする。先日、放送大学での関西の流派の先生の話だと、昔から日本では女性はお茶を習うことが普通の習慣で、バブル期がピークだったが、その後は大きく減少しているそうだ。私の母も近所の先生のところで裏千家のお茶を習っていて、私も小学校の頃、遊びで茶席に出たことがあるが、全く記憶がない。いろいろとおかしなことがあるが、樹木は言う、「考えるのではなく、体で、体が自然に動くように...大みそかは横浜の映画館で

  • キューポラはすでになかった 『キューポラのある街』

    今では、北朝鮮帰還運動を肯定するのかとの批判もある『キューポラのある街』だが、本当はもっと大きな嘘があるのだ。それは、映画が作られた1962年に、川口の町にはキューポラ-ポラと称される炉はすでに使用されていなかったことだ。カメラマン姫田真佐久の本に書かれているが、仕方ないので作って撮影したそうだ。こういうことはよくあり、それは原作が書かれた時と映画化された時代とのズレである。1950年代末から1960年代初頭は、高度成長時代で、非常に物事が変化したので、こうしたことが起きたのである。1960年代の比較的リアルな映画を見ると、「もうこんなことはなかったのではないか」と感じることがある。年々、当時は物事が大きく変化したので、どこで切り取るかで大きな差異が生まれたのである。ただ、今見ても『キューポラのある街』は、悪く...キューポラはすでになかった『キューポラのある街』

  • ここでも神戸港は、横浜港だった 『大冒険』

    暇だったので、録画してあった、クレージーの1965年の東宝映画『大冒険』を見る。筋は、日本で偽札が使われているのが見つかり、首相の指示で警視庁のハナ肇以下の刑事が捜査する。植木等は週刊誌の記者、谷啓はビール会社の技術者だが発明狂で、谷の妹で植木が惚れているのが団玲子で、全員が贋金騒動に巻き込まれる。贋札を作っているのは、金貸しの越路吹雪とその上司の中村正で、最後には彼らのボスは、生き残っていたヒットラーであることが分かる。ほとんどどうでも良い筋書きだが、要は植木、谷、越路らが東京から逃亡して西に行く。名古屋の後、神戸が悪の巣窟だとなり、神戸港に行き、アクションが展開される。だが、これが横浜港なのだ。連中が逃込む公園の入口が、レンガ積みの特徴的な丸形で「あれっ、これは・・・」と思うと山下公園で、さらにアクションは...ここでも神戸港は、横浜港だった『大冒険』

  • 三浦和義は分からなかった 『喧嘩太郎』

    『喧嘩太郎』は、1960年の石原裕次郎主演作品で、彼が『堂々たる人生』につづきサラリーマンを演じた映画である。相手役は、警官の芦川いづみで、これが非常に可愛い。さて、見たのは冒頭のタイトル部分で、「ここに三浦和義が出ている」と舛田利雄の本に書いてあったからだ。当時、三浦は中学生くらいで、裕次郎の役を演じているらしいが、よくわからなかった。裕次郎と芦川いづみの共演で、非常に面白い映画だが、昔川崎の銀星座で見たことがあるので、本篇は見ずに済ます。三浦和義は分からなかった『喧嘩太郎』

  • 『特攻大作戦』

    1967年、ロバート・アルドリッジ監督作品。リー・マービン少佐は秘密作戦の指示を受け、軍の牢屋から12人の無法者を救い出してフランスでの作戦に行く。それは、ノルマンディー上陸に先駆けて、ナチス将校らのパーティーの館に潜入して破壊することだった。無法者、「ダァーティ・ダズン」が原題で、昔ダァーティ・ダズン・バンドと言うのがあったが、ここから取ったのだろうか。彼らへの訓練等が長く、またロバート・ライアンの正規軍との模擬戦闘などもあり、贔屓のライアンが出し抜かれるのは残念だが面白い。最後、フランスの豪邸での戦闘はさすがアメリカ映画なので物量は凄いが、大作戦と言うよりは、中作戦くらいだろうか。よく考えると、これも黒澤明監督の『七人の侍』からヒントを得ているのではと思えてきた。その性か、最後に生き残るのは『七人の侍』と同...『特攻大作戦』

  • 津川雅彦追悼 『孤独の人』上映会

    今年8月に、78歳で亡くなった津川雅彦を追悼して、彼が17歳の時に出た1957年の『孤独の人』が、横浜キネマ倶楽部主催で南公会堂で上映された。主演は津川だが、映画的には小林旭であり、本当の主役は現在の天皇陛下である。陛下が学習院高等科3年の皇太子時代のことで、原作は藤島泰輔の小説で大ベストセラーを日活が西河克己監督で映画化した。皇太子役は公募の人だが、当時のことで正面など顔はほとんど見せず、全身は遠くからのみ見せる。それでも右翼から抗議や圧力があったようだが、そうした騒動も巧みに利用し製作の兒井英生は映画化したようだ。津川は、成金の息子で17歳にも関わらず、義理の叔母月丘夢路と付き合っているが性交はしていないようで、理由は「ご学友だから」である。武藤章生、柳瀬四郎、新井麗子、阿部徹、柳谷寛など、その後の日活でよ...津川雅彦追悼『孤独の人』上映会