住所
-
出身
-
ハンドル名
気付きの科学 新世界版さん
ブログタイトル
気付きの科学 新世界版
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/maccyoman-mm
ブログ紹介文
ここで言う 「気づく」という意味は、空(くう)の状態から、在る状態に引き出す意識的行為・・すなわち創
自由文
更新頻度(1年)

13回 / 1564日(平均0.1回/週)

ブログ村参加:2014/10/12

気付きの科学 新世界版さんの人気ランキング

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気付きの科学 新世界版さんのブログ記事

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  • わたしとは何か?の考察 その9 

    小さな波も、大きな波も、壮大な海であるように、私が私が・・と言っているわたし・・意識も、無限の意識の一部であり、また”意識に”おいては、その一部はまったく全てでもある。私は個人だ、肉体だ・・は全くの枝葉観念、辺境の非常識、波の波頭ばかり見て、海を見ていないということに過ぎない。この世界の人々は、いや魂・意識は、まず、私とは何か?に疑いを持ち、それについて探求する必要がある。そのために、この現実世界をその歪(ひずみ)と苦痛を伴って味わうもの。「なんで、こうなんだ・・?」「どうして私は幸せでないの?」「なんで世界、世間はこんなにも冷たくお粗末なのか」「どうして人々はバラバラで、心底親切になれないのか?」しかしながら、またそうでなければ、いつか時空間を超えた次元から”ここに”来た魂は、この世界を超えることができない。...わたしとは何か?の考察その9

  • わたしとは何か?の考察 その8 

    ・・在る・・Being・・によって常に・・今・・の”わたし意識”が生じている。わたし意識とは何か?といえば、自己への気づきである。自身への気づき・・そのものが・・自己・・わたしだ。これは何にも依存しない・・自己自身の存立原理だ。眠りと夢見と目覚めた後の日常も、すべて「意識」の変遷である。眠りはその時には何も知覚認識がない無意識といえよう。無意識的”意識”であって、無ではないことは、また夢見や目覚めが起きることでわかるはずだ。意識は、無意識・意識、また非顕現・権限のサイクルである。プラス、マイナス、表層・裏層、出現・消滅だ。生まれる・死ぬ・・と言っていることも同じだ。人が生まれた、死んだと言うことは、外側から見た肉体の現象のことであり、それら物質形態は当然ながら跡形もなく消え去る。わたしは肉体であり・・肉体として...わたしとは何か?の考察その8

  • わたしとは何か?の考察 その7

    ・・在る・・Being・・によって常に・・今・・の”わたし意識”が生じている。わたし意識とは何か?といえば、自己への気づきである。自身への気づき・・そのものが・・自己・・わたしだ。わたしは・・私に気付いている・・であり、その状態が”存在”だ。それがーーわたしは在る--IAMであり、他の表現で言えば、わたしは・・今・生きている・・となる。そして、わたしは生まれた、成長した、そしていまここに在る・・と続く。常に・・今・・だったが、その今の・・変化の過程が人生である。意識としては、今・・わたしの連続であるが、肉体の成長・変化、様々な身体経験、思考の「記憶」の積み重ねによって、これが私だ・・という人格が作られるが、実のところ、それを・・今・・知っているということ。そう、常に・・今しかないのだ。過去があるように見えるのは...わたしとは何か?の考察その7

  • わたしとは何か?の考察 その6

    なんでもないものは・・無ではなく、無限のそのものであり、その無限性なるがゆえに有限を無数に体験することが可能であるため、特定の何かに・・なろうとすること・・意識が生じる・・・・在る・・Being・・によって”わたし意識”が生じる。わたし・・意識は、至高の実在、無限なるそれ、あるいは宇宙意識の証拠(しるし)である。あなたは、”無限なるそれ”であり、1つのこの時空世界への生誕という設定を通して個別化し、この世に出現する過程を経てきたのだ。しかしながら、出現したこの世は相当な無知が常識と化しているところであり、魂・意識がリセットから再び立ち上がってくると同時に、社会や家族、親の強い想念形に洗脳されてしまうのだ。なんだか言い方が良くない?けれど、肉体ではなく、無限なる意識から見るとそういうことなのである。まず、ほとんど...わたしとは何か?の考察その6

  • わたしとは何か?の考察 その5

    何でもない<わたし>が、特定の何かの<私>個人になること、これは、映画を観ている者が、映画に見入ってしまうことに似ている。それが実に面白いのは、魅入ってしまい”真の我”を忘れ、仮想現実を真実と見間違うような疑似体験ができるからである。我々は今、この地球という映画館で、それをやっている・・のではないか?わたしとは何か?その答えを言うならば、実は「何でもないもの」だ。色即是空の・・空(くう)だ。色は波動として無数・無限だが、空(くう)あればこそだ。しかしながら、この世的な刷り込み観念が実に重いため、「何でもない?なんて、いったい全体、何なんだ!?」と思うし、何でもないなんて、なんて無価値なんだ!と考えるものだ。空(くう)なにも無い、虚無、死ぬこと、終わり・・の連想、なんでもない、何にも無い・・空虚、無・・ああ、なん...わたしとは何か?の考察その5

  • わたしとは何か?の考察 その4

    わたしは何か?・・自分である、まったくそうだ。己(おのれ)を分けたものであり、また己(おのれ)自身である。ひとつが無数に分かれ、また無数はひとつである・・それ・・だ。この”それ”とは何だろう?実は”何でもない”ものだ。こういうと、つまらないと思う。なぜならば、条件反射的に習慣になった想いがブロックするからだ。気づけるだろうか。私は特別な何かであってほしい、さらにこの世界で何かを欲しい、生きるために、何かに成り上がり、何かを獲得しなければならない、頑張れ・・と、しっかり物欲マインドで方向付けられているために、何でもないなんて、いったい何?・・つまらない・・と捨ててしまうものだ。しかしながら・・何でもないものこそが、何にでもなることができるのである。すでに何かに成り切ってしまっていたら、それ以上何になることができよ...わたしとは何か?の考察その4

  • 私とは何か?の考察 その3

    気づけば実に不思議なことだが、我々は自分自身のことを知らない。普通、自分と言えば、漠然と自分の・・肉体であると思っている。もちろん普段はそんな意識も無く、外の世界で急かされるままに、ただ五感感覚の世界で生きていると言っても良い。自分、その言葉の中にすでに深遠な意味がある。ここにも、日本語、漢字というに及ばず、便利な生活に浸っているだけの現代人には到底及ばない、古代人の英知の片鱗を感じるはずだ。自分の「自」は・・まず”目”のことと読み取れるだろう。目の上についた✔は、まるで目とまつ毛のようである。意味としては、見ること、知覚すること、観察することでもある。次に、自分の「分」は・・分ける、分割、細かくなるという意味があるだろう。例えば身体組成の細胞分裂のように、1つが2つになり、さらに・・分かれてゆくことだ。分かれ...私とは何か?の考察その3

  • 冬の「言の葉」祭り

    ●冬の「言の葉祭り」のお知らせ昨今は急に寒くなってまいりましたが、これをご覧の方々はいかがお過ごしでしょうか。ここは個人の気ままなサイトにて、時折コメント祭りのようなものをやっておりまして、今回も年末~年始にかけて、言葉のお祭り騒ぎをやろうかと考えます。コメント欄しかありませんが、疑問、世間話や哲学的、科学的、あるいはスピリチュアルな会話、質疑・応答なんでも良いですので、興味と時間、あるいは度胸?のある方はご参加いただければと思います。景品も何のプレミアもありませんが(笑)、ここに生きている間、何かの気づきになればと思います。尚、ご参加ゼロの場合、あるいはお正月過ぎたら終了と致します。冬の「言の葉」祭り

  • わたしとは何か?の考察 その2

    わたしとは何か?普通、こんな問いを発することは無い。なぜならば、そんなこと既に知っていると思っているからだ。そうではないか?常識で言えば、わたしとは--、何年何月にどこそこで生まれ、ここまで生きて来た、個人だとそう思っている。赤子で生まれ、成長する過程で様々な経験の記憶を持った肉体個人であると、普通はそう思っている、と言うより、それが事実であるとしている。つまり、ある時生れた肉体個人である。もっと言えば、わたしはこの身体(からだ)である。・・だって、そうじゃない?・・である。なので、わたしとは何か?と問うことは、この肉体である自己、肉体自我とも言うが、それを”疑う”ことを意味している。「人間は考える葦である」とパスカルが言ったらしいが、考える・・ことで、自己が葦である?ことを疑うという事だ。わたしは葦(肉体)な...わたしとは何か?の考察その2

  • 第6章 わたしとは何かの考察

    ・・真のわたし・・とは何か?人間にとって、これが第1義的に重要な命題である。いつか次元の穴に落ち込んでいた、死すべき肉体個人という宿命、ネズミが回す羽根車のごとき、無意識的な生死の回転によって閉じられた時空間、その檻の中に閉じこもっていることに飽きてきたならば、自己本来の無限性に立ち戻るのがまさに自然の摂理である。いつまでも、ボーっと生きてんじゃねえよっ!と、チコちゃんに言われてもしょうがない時期にあると、あなたには、内面のそういう衝動はあるだろうか?余談だが、・・・チコちゃんの象徴は、たぶん幼いころの純真な自我・・の反映を意味していると、わたしは誰?ここはどこ?生きることは何?死ぬとは何?人生の意味はなんだろう・・そういうまっとうな命題、命(いのち)の題(テーマ)を思い出させるための、単なるTVの設定でもあり...第6章わたしとは何かの考察

  • 第5章 わたし=宇宙顕現の根元

    誰でも、毎朝目覚めてからは、常にわたし・・意識というものがある。その意識とは「わたしは・・私である」と気づいている・・ことだ。これは・・自分が自分に”気づいて”いる・・ことで”自己意識”ともいう。人間存在だけがこの強い自意識を持っている。自己意識、それはまた、”自己が存在している”ことに”気づいて”いることだ。「わたしは・・在る」・・と”実感して”いることだ。詩的に、真我、神の息吹・・と言う表現はどうだろうか。これは、「気づき」があり・・故に、わたしが在る・・ということ。「気づき」によって私という”存在”が実感される・・とも言える。あなたは、今、実感しているではないか?!我あり・・は”わたし”に気付いている事であり、また、そのわたしが具体的に何なのか?という枝葉の思考は起きていない状態だ。在ることを実感している...第5章わたし=宇宙顕現の根元

  • 第4章 意識と波動と・・わたし

    私たちの知覚するすべては波動である。それが何の波なのか、電磁波なのか物質波なのか、重力波なのか、あるいは想念波なのかという、枝葉の概念にはこだわるまい。波動は振動であり、顕現のためのエネルギーでもある。また、様々な波動の中には無数の情報が含まれている。ここで情報とは、無味乾燥なコンピュータ用語ではなく、-意図する内容-・・と解釈できる。意識(波動)に乗った意図(情報)は様々なパターンとして表現されている。大自然の無数の姿かたち、宇宙のあらゆる形態、原子の形、花の姿、分子の形態、あらゆるものに表現されている。その元にあるのは・・・「波動」である。初めに・・言葉ありき・・言の葉・・神の想念・波動だ。”すべては意識である”・・と言われるし、さらりとシンプルに、すべては”マインド”(こころ)であるとも言われるが、まさし...第4章意識と波動と・・わたし

  • 第3章  すべては意識・波動

    意識という言葉の中にはすでに波動が色濃く反映されている。古代の人は現代人よりも遥かに直感的に優れていたのがわかるだろう。現代人は物欲・物心の極限まで追求し、その価値の源泉である物質を分解して、長い時間をかけた挙句に、同じ結論を見出したということだ。すべては「波動」に帰せられるということだ。あらゆる物質は分子、原子、クオークに分解され、結局は「波動関数」という数学的方式で記述されてしまった。現代科学ではすべての物質は、数種類のクオーク(素粒子)に帰せられるとされている。またひも理論では、すべては微細な弦の振動、ひもの振動のようなものとされている。つまりは”振動・波動”であるという話だ。物質は、決して粒子という塊のイメージの集合ではなく、微細なレベルでは「波」の「動き」なのである。わたしの身体も、周囲の様々な物も・...第3章すべては意識・波動