住所
加西市
出身
加西市
ハンドル名
つねとおるさん
ブログタイトル
ボクの描く世界
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/hce62629
ブログ紹介文
高齢者仲間の終点へチャレンジ!ゴーゴー。活字世代でやってみたがり屋で、絵手紙に挑戦中。
自由文
更新頻度(1年)

28回 / 1546日(平均0.1回/週)

ブログ村参加:2014/10/30

つねとおるさんの人気ランキング

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つねとおるさんのブログ記事

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  • ハラハラさせられた結果が

    娘の保育士試験の合格案内が届いた。これで晴れてこども園の保育士になれるらしい。まあ遠回りの好きな我が娘である。大学で幼稚園教諭資格と保育士の両方を専攻していれば、なんら苦労もなく手にしていたものを、保育士になる気はないと専攻をしなかった娘。結局、保育士になると翻意したのが卒業一年前。急遽、保育士試験の勉強をやり直して、検定試験に臨んだのだ。高校進学時も、最初は級友らと同様に地元の普通進学校志望だったのが、卒業一年前に翻意。必死に新たな勉強に取り組み、狭き門の県立音楽科に一般入試で合格を果たし、毎日一時間以上の通学を休まなかった娘。よく頑張ったと褒めてはみたが、心中複雑である。大学進学も同様だった。音大志望が、またまた翻意して、一般入試で初等教育の大学へ進んだのだ。推薦で音大へ進めば苦労も無かったろうにと、わが娘...ハラハラさせられた結果が

  • 三年前

    12月15日、二人目の孫が誕生!産院へ足を運んで、娘を祝福した。幸せいっぱいの様子に目がウルウル。年を取ると、涙腺が緩む。母子ともに健康な姿を見て、やっと幸せに浸れた。といっても、初孫誕生の時の比ではない。あの日に書いたものを引っ張り出した。ハッピー気分満載の原稿は何かに掲載されたが、日の目を見ない方だった。私と妻の出会いを記していたが、懐かしく読んでみた。2016年1月14日記「お義父さん、子供がいま生まれました」長女の夫が連絡をくれた。初孫誕生!六十七歳。遅いといえば遅いおじいちゃんだ。妻がおもむろに訊いた。「どんな気持ち?おじいちゃんよ」「ピンと来やへん。おじいちゃんなんて……」「素直に喜べば。すべて順調ってこと」確かに順調だった。子供四人を授かり、さほど問題もなく人生を送って来た。でも、モヤモヤしている...三年前

  • またひいちゃったけ昔からそうだっけ

    「風邪引きやすいのはな、感受性が強いからなんだぞ」まじめな顔で力説し始めた夫。家族の誰かがかかると、すぐに貰ってしまう夫を、わたしが笑いながらからかったからです。「どうせわたしは感受性の鈍い女ですからね」「そりゃそうだよ。お前はAB型だから、いつでもクールなのは仕方ないさ。しかしオレはB型だからな、感受性の塊なんだ、本来」夫の十八番、血液型による気質判定が口をつくと、もう止まりそうにありません。まさか血液型で風邪引いたり引かなかったりするわけじゃないのに、とあきれてしまうわたし。それに夫は風邪を引くともう大変。重病人みたいに徹底して甘えるから始末が悪い。「おい、水マクラ」「おかゆがいい」「なんか甘いもん」「病人なんやぞ、もっと大切に扱え」と、もうワガママばかり。それでもわたしが風邪引きの場合は「熱ないやないか」...またひいちゃったけ昔からそうだっけ

  • いまだから振り返れる

    ガクッ!いきなりの衝撃が来た。(えっ?なに?)と呑気過ぎる反応は意外だった。愛車の横腹を、横道から飛び出した車に直撃されていた。弾みで車体は一回転、道沿いにあった倉庫の壁に跳ね返され、横倒しで対向車線を遮る恰好でようやく停止したが、何が起こったのか理解できぬままだった。といって狼狽えは全くしなかった。時間が止まって見えたといっていいのかも知れない。現実を取り戻すと、体が宙づりになっているのに気付いた。シートベルトに縛られた状態だった。下を見ると娘の目に出会った。通学のため、最寄りの駅に送る途中だった。「大丈夫か?」「うん」「よかった」助手席の娘を見下ろす形で、なんとも場違いに思える父と娘の冷静過ぎる会話だった。救急車が来るまで、父と娘の睨めっこは続いた。まるで遊んでいるかのような錯覚を覚えた。事故に遭遇した危機...いまだから振り返れる

  • あのころ

    定年退職して、しばらくすると、「ハッ!」と気づいた。何にもないのだ、自分のすることが。したいことも…ない。家でゴロゴロも、長くなると飽きるし、家族の嫌みを聞き流しながらで、空しいだけだ。(これは大変だぞ。まだ十年以上も生きていかなければいけないのに、どうする?)ふら~っと家を出た。目的もなく歩いた。いつの間にか辿り着いたのは……。廃止寸前まで追い詰められながら、図太く生き残った国鉄赤字ローカル路線。今は北条鉄道に変身して一時間に一本レールバスを走らせている。その始発駅、北条町駅の駅舎だった。高校の通学や勤め始めた加古川へ行くのに、毎日利用した駅舎は、もうアk下も形もない。立派なビルになっている。ふと思いついた。学校につながる乗り継ぎ駅まで五つの小さい駅がある。その駅舎はどうなっているだろうか?懐かしい思い出を追...あのころ

  • いろいろあります

    新しい年の第1号の通信が発行腕来ました。朝から市役所を皮切りに、何か所かを走り回りました。数うちゃ当たるです。帰宅すると孫が保育園から戻っていました。ホッと気が緩みます。夜、一緒にお風呂に入り、遊び相手になっていると、幸せだな~って思いますね。いろいろあります

  • 誕生!

    15日、予定日通りに、娘の第二子が誕生。二人目も女の子だった。母子ともに健康。ホッととしました。そして喜びもゆっくりと湧き上がります。これで孫二人のじいじです。幸せも責任も二倍二倍です。いまから赤ちゃんの顔を見に行きます。誕生!

  • 今年も……ああ~~

    「メタボ予備軍ですね。一緒に目標を立てて頑張りましょう」保健所が主宰するメタボ教室に参加して、保健婦さんに計測されたお腹まわり九十四センチ。若い保健婦さんの指導で年間目標二センチ減をめざすと誓った。カロリーの少ない献立教室や運動など保健婦さんと連絡を取りながら頑張った。半年たって再計測。「ん?」と保健婦さんが首をかしげた。「一センチ増えてますね。どうしてかしら?」「……!」思い当たることがあった。最近また甘いものを口にするようになっていた。三ヶ月ぐらいまでは甘いものカットが実行できていたのに。出先で進められたケーキを、断るのも悪いと口にしたのが間違いだった。うまい!ズルズルともとの甘党に戻ってしまった。「あと半年で二センチは減らしましょう」「はい」元気よく返事したらお腹が笑った。今年も……ああ~~

  • 忘れられぬ、あの日の味

    「ちょっと薄いわ。醤油もっとぶち込めや」したり顔で指示するのは長老格。鋳物製の大鉄釜を取り囲んで、ワイワイやっているうちにカシワ(鶏肉)飯は炊き上がる。蓋をずらすと焦げた醤油のいい匂いが辺りに漂う。竃の火を落とすタイミングである。火のついた薪を炊き口から引っ張り出すと、水をかけて消した。「おお、うまそうに炊けたやないか!」一斉にどよめきと歓声が上がる。大鉄釜の中で炊き上がって、湯気が立ちのぼるカシワ飯。薄く醤油色に染まった飯の表面に具材が広がる。デカいしゃもじで中身の天地を思い切りよく返す。具材と醤油めしを程よく混ぜ合わす。それを茶碗によそって座敷に運べば、てったいはん(お手伝いさん)連中の打ち上げ宴会の用意万端だ。美味い物を口にすれば、みんなの顔がほころぶ。そしてお喋りがはずみ、自然と連帯意識が育まれる。男衆...忘れられぬ、あの日の味

  • 二年前もメタボ予備軍だった

    ぎごちないハンドル操作で市役所の駐車場に車を乗り入れた。無料で出入り自由のせいか、かなりの車で埋まっている。近くにある高速バスの停留場を利用する乗客は大半がここに車を止める。市役所に訪れる市民の車は案外少ないのかも知れない。駐車場に付随したトイレで用を足した。洗面台の鏡を覗き込むと、丁寧に頭髪を撫でつけた。白髪が乱れたサマは他人様に見せられたものではない。(もう六十五だもんな……)真っ白になった髪をしみじみと眺めた。指を櫛代わりに何度も梳いたので、何とか気にならない程度に戻った。鏡の自分ににやりと合図した。ズボンのズレを直すと、ポンと腰を叩いた。これで用意万端である。トイレを出ると駐車場から見通せる時計台に目を向けた。目的の健康福祉会館まで十五分もあればラクラク到着する。慌てる必要もない。前もって通知されている...二年前もメタボ予備軍だった

  • ヤキモキ

    長女の出産予定日が過ぎてしまった。年末から気が気ではない。この分では初孫と同じ日に生まれるかもしれない。どちらにしろ健康で誕生してくれればいい。来週あたりから、上の子の世話役に駆り出されそうだ。三歳児や赤子の世話は二十数年ぶりになる。不安が先立つのも致し方ない。それにしても、いつになることやら。ヤキモキする日が続くのも大変である。ヤキモキ

  • こんなことありました

    「どうしたん?まだ早いよ」台所で娘の弁当を拵えていた妻が訝しげに訊いた。そういえば妻にはまだ言っていない。「買い物や。スーパーに行って来るわ」「あ?今日は火曜日だっけ」「そうやで」やっと気が付いたらしい。結構のんびりした性格である。時と場合に寄るが。そう、今日は近くの大型スーパーで卵の安売りがある。一パック九十七円。税込みだ。消費税が八%になると、他店はそれまで目玉にしていた卵の安売りを一斉にやめた。昔も今も卵は物価の王様だったはずが通用しなくなったのだ。それを、この大型スーパーだけはしっかりと続けている。それも以前より一円安い値段だ。業界でひとり勝ちしているという世評を裏切らない商売のやり方である。それに商品の値段表示が内税方式なのが分かり易い。年金で生活する身には、涙が出るほど何とも有り難い。スーパー様々だ...こんなことありました

  • 癒された時間

    ちょっと疲れ気味なので、しばしレイ君とふれ合った。何も考えずにいられる時間。これが癒しってものなんだろうなあ。そこへ郵便が。5日の夕刊と6日の朝刊が送られてきていた。どちらも一面下に、娘のことを書いたショートエッセーが掲載されてあった。疲れをいやした後だけに、単純に喜んでしまった。癒された時間

  • 新しい年も

    新しい年最初の支援サポーターに出向いた。その日の午後に、白内障手術を控えておられると伺っていた。年を取ると避けられない目の病気だ。私自身も、40台後半から白内障である。生活に支障が出るぎりぎりまで、手術はしてもしなくてもいいらしい。てなわけで、白内障と共生状態でいる。「行ってきますわ」昨年の終わりごろの気弱な言葉がウソみたいに、いたって元気な様子にホッとした。「いつもお世話になっています。なかなかこちらへ帰ってこられなくて」遠方にいられる子供さんに出会って、合点がいった。ひとりぼっちの心ぼさから、つかの間でも解放されたのだ。(手術が無事にお泡って、またお会いしましょう)笑顔で終えたサポーター新年第一日である。新しい年も

  • 子育ての記憶

    久しぶりの喫茶店である。コンビニの百円珈琲を利用し始めてから、喫茶店で美味い珈琲を堪能する時間はなくなっていた。「煙草は喫われますか?」どうやら店内は分煙になっているらしい。「いや、全然。煙のこない席がいいな」「禁煙席にご案内します」誘導された席に落ち着くと、やはり空気の澱みを感じない。煙草は喫わない、いや煙草を嫌悪する客には、最高のもてなしである。こうでないと、美味い珈琲は味わえない。三十代半ばで禁煙した。喫わなくなると、今度は他人がくゆらす紫煙を我慢できなくなった。煙草の匂いが鼻をつくだけで、気分は最悪に。嫌煙意識はいや増す一方である。調理師だった若いころ始めた喫煙は自分の嗜好ではなく、職場環境のせいなのだ。同僚の殆どは喫煙者、ヘビースモーカーも目立って多かった。「煙草喫えないんです」と公言する勇気はなかっ...子育ての記憶

  • 土産

    大学卒業を目前にした娘は、ゼミ仲間と旅行を楽しんでいる。春先には韓国に行くらしい。旅行から帰った娘の手には、お土産らしきものが。大体クッキーの類が多い。どうみても、形だけとしかしか思えない。それでも土産を忘れないところをよしとするべきかも。しかし、このお土産、選ぶのは結構難しい。私の若いころは、親せきや親しい友人知人などにも買って帰ったものだった。旅行の終わりごろには、お土産探しに目の色を変えた記憶がある。そういえば、家族への土産で頭を悩ませた思い出も蘇る。「何よ、これ?これがお土産なの……」旅行から帰った私に、家族はいつも失望してみせたっけ。期待するお土産がないからである。家族が希望するのは、観光地の名物菓子やぴちぴちとれとれの海産物。そんな定番を買おうとすれば、人込みの中をウロウロして、レジに並ぶのを覚悟し...土産

  • 「ゆーきや、こんこん。あられやこんこん。ふっても、ふっても~~♪」童謡から思い浮かぶ光景。それは子供のころに満喫した、わがふるさとの姿である。冬になると、よく雪は降り積もった。ちょっと冷えたかなと思えば、チラチラ白いものが降り出す。こな雪、ぼたん雪、あられ……冬の光景は白く彩られた。楽しくて家を飛び出し駆け回った。手を突き出すと、雪は手のひらに舞い降りる。あっという間に解けた。降り続けると、手のひらに白く積もった。夜にしんしんと降り出せば、翌朝はあたり一面真っ白の銀世界である。なぜか胸が感激でときめいた。雪だるまつくりをを競いあう。手製の竹スキーで滑る。そして雪を手で丸めて、楽しい雪合戦だ。ほっぺたを真っ赤にてはしゃぐ子供たちのなかに、わたしはいた。もうあの情景の再現は難しい。雪は降らなくなった。暖冬というより...雪

  • 世間にさらされた日

    「お前の家やないか。気兼ねせんと、いつまでもおったらええがな」母はなんとか翻意させようと賢明だったが、もう巣立ちの決心は揺るがなかった。「心配いらんわ。俺、おとんぼ(末っ子)やろ。兄貴が家の跡取りやんか。どうせいつかは出ていかなあかんし、早いか遅いかや。いつまでも甘えた(甘えん坊)でおられるかいな。もう一人前の大人やで、俺」長男が家の跡継ぎで、他の男兄弟は家を出て独立するのが、当時の常識だった。小さいころから、祖父母や両親にいわれ続けた。だから家を出ることは特別でもなんでもない。ひとつ違いの兄は結婚が決まり、相手先から花嫁道具が入るのを見届けると、家を出て独り立ちしなければと思いを募らせた。仕事は姫路まで通う。家から一時間以上かかるが、家を出た経験がないので、通いしか思いつかなかった。福崎駅から姫路までガッタン...世間にさらされた日

  • スタート直前

    5月予定イベントの参加者内定が続き、チラシの概要を決めレイアウトしました。仕事始めを機に、また駆け回るつもりです。成功するか否か、神のみぞ知る状態です。スタート直前

  • まじめに考えたあの日

    ふる里加西市に保存された戦争遺跡がある。生まれ育ち今も生活の場であるふる里に暮らして六十六年。その存在を全く知らずにいた。だだっ広い鶉野飛行場跡は、明石の免許試験所へ自動車免許を飛び入り受験のため、みんなの練習場だった。そんな身近に接していたその広場が、あの戦争中、戦闘機紫電や紫電改のテスト飛行に使われていたことを知る由もなかった。まして、その紫電改が練習飛行中に鉄道事故を誘引し何人もの死傷者が出た負の歴史など知る筈がない。当時軍部も事故を隠していたとか。戦争にまつわる暗雲は田舎も例外なく覆っていたのだ。昨年、地元の高校PTAによる『ふるさと講座』の一環に『鶉野飛行場戦争遺跡めぐりウォーキング』が企画された。当時ウォーキングにはまっていたせいで、戦争遺跡めぐりを意識は皆無することなく参加した。ところがただのウォ...まじめに考えたあの日

  • 新年

    明けましておめでとうございます。新しい年もよろしく願います。大晦日。5月のイベントに参加を依頼していた北条鉄道ヒーローの参加内諾の一報が。第1号の記念すべき決定で年を締めくくれたのです。昨年は最後の最後まで、OK印で終わることになり、幸せ気分で新しい年にトリップです。今年もより一層飛躍が図れるよう、家の裏手にある高峰神社に詣でてきました。さて、どんな一年になるか、ワクワクハラハラ、いやはや複雑です。どちらにしても、やるしかない一年です。課題をいっぱい抱えすぎて、先行きに不安はありますが、やる気満々のスタートを切ります。皆さんも、よりよい一年になりますよう祈念します。新年

  • あと二日での誓い

    年も押し詰まったいま、ぼーっとしていると、ポストに郵便物が。開封すると、七十になった私の余生を生き抜く夢を与えてくれるものだった。B出版社からお年玉出版キャンペーンのお知らせ。応募作の中から一点、無料で出版するという趣旨。実はB社にはあるところまで出版の話を費用は二百万で煮詰めていた。それが体調不良でダウン!入院・手術などに見舞われておじゃんになってしまった。二百万を自分の夢である出版に使う余裕がなくなってしまったのだ。末娘の大学の学費と、家計……それに治療に要する費用で、夢は脆くも潰えてしまったのだった。B社の担当者にも、ねん出するお金が無くなったから、出版の企画など案内はお断りすると申し出ていたのだ。その担当者が私の事情をおぼえていてく、それで無料出版キャンペーンに応募してみませんかと連絡をくれたらしい。も...あと二日での誓い

  • 昔々のお話

    商工会議所内のレストランに勤めていた。会議所の忘年会は大がかりで、各課の代表が舞台でかくし芸を披露しあい、もう大騒ぎ。レストランの代表に、アマチュア劇団に参加していた私に白羽の矢が立った。一人じゃ面白くないと思ったので、いつも調理場で冗談を言い合うチーフに声をかけた。でっぷり太った体形で、痩せて背の高い私と並べば、それだけで受けると思ったからだった。ところが、チーフは大乗り気。台本を書いてきて、何やかやと注文オンパレード。即興の宴会芸でお茶を濁そうとの思惑が、まったくのアテ外れ。仕事終りの練習を、一週間みっちりやらされ、こんなはずじゃなかった!忘年会で出番を迎えるまでに飲みすぎ、もう酩酊状態で舞台に。懸命なチーフとメロメロ漫才をやってしまい、あの練習は無意味に。ところが案に相違して、これが大うけ。拍手喝采で、ま...昔々のお話

  • 年の瀬を過ごす

    雪がちらつく一日。今日は出かける予定もなく、ノホホーンと過ごしてしまった。仕事納めの日に面会を求めても無理だから、その分英気を養うことにした。といっても、午後は正月の準備が待っている。近くの山でウラジロを摘まんできた。一通り伝統的風習を実行しようと思うと大変。玄関の飾りは明日に回しておいて、あとはおせちの仕込みの仕上げにかかる。冷凍しておいたハンペンを使っての伊達巻きを焼き上げ、厚焼き玉子も。卵料理は娘も孫も好物だから欠かせない。巻物やかまぼこ類は盛り合わせ直前にカットする。夕食の用意もしなくてはと、アジフライとチキンカツを揚げてみた。値引きされていたアジを買って開いたものを、自家製のパン粉でフライ用に仕込んで冷凍しておいたものだ。キャベツの千切りも、フードプロセッサーは万能だ。それ以上は無理せず、ビデオ鑑賞。...年の瀬を過ごす

  • 今年の「アッ!」

    「ほんまに有難う。助かってます」丁寧な言葉に恐縮してしまう。まだ慣れない。社協の支援サポーターに登録、最初のサポートボランティアなのだ。歩行が覚束なくなった高齢女性が、サポートの依頼者だった。「ほかに困ってることがあったら、何でも言うてください。できることやったら、ちゃんとお手伝いさせて貰いますから」援助活動はゴミ出し。週一回、市の収集日に集積場まで運ぶ。容易いことだが、依頼女性にはそうではない、玄関口まで出てくるのにさえ、思うようにならない状況だった。「本当にすみません。こんなことまで、お厄介になって。ちょっと前までは、身の回りのことは、何でもやってのけてたんですよ」「気にしないでください。こんな私も、すぐSさんに追いつきます。そうなったら誰かの手を借りんとやってけません。お互い様です」そんな冗談を交し合える...今年の「アッ!」

  • 昔あった、あんなこと

    「お帰り。よう帰ってきたのう」感極まる震え声で、母は出迎えてくれた。町でやっていた喫茶店を廃業、切羽詰まった末の妻と子供を伴う帰郷だった。実家の納屋を改装して落ち着いても、惨めな気分から抜けだせなかった。訪ねてきたのは地元青年会議所メンバーのSさん。思い当たることがなかった。訝る私を察して、用向きを事細かく話してくれた。「ふるさと活性化に、力を借りたいんや」実は町暮らしのころ、仕事と並行してアマチュア劇団の活動に没頭していた。「あなたの舞台を観ました。あない感動したのは久しぶりやったなあ。パンフレットに加西市出身とあったんで、同郷の人がこんな素晴らしい活動をされていると嬉しくなってもて。会議所の仲間に報告したら『町おこしでお芝居をつくって貰おう!』となったんです」熱い話しぶりに、圧倒された。「加西市に伝わる伝説...昔あった、あんなこと

  • 旧交

    久々の連絡を取りました、一つは我が恩師。向こうからの通信でした。受賞の記事を見て、その場で連絡を入れてくださったのです。もう九十歳。驚くほどの矍鑠ぶり。来年はフランスへ一人旅されるとか。亡き奥さんの油絵が外国で評判なのです。今回はルーブルなど所蔵の話があるそうです。(スゴイ!)もっとすごいのはこうれの先生の行動力。昨年もひとりデンマークをぶらり旅されたのですから、いつも驚かされてばかりです。来年はお会いしたいものです。もう一つは、こちらから連絡を入れました。加古川で芝居仲間だった人です。来年のイベントに協力をお願いしました。ちょうどイモの収穫中だったとか。お互いにいい老後を送れているようです。出来る限りのバックアップをしてもらえそうです。(ホッ)年を取れば、旧知の人が頼りになります。旧交

  • イブ

    クリスマスイブ。新聞の中に私が受け取るプレゼントがありました。年間賞の発表記事です。顔写真付きのコメントも。何度も見直しました。夢か幻かという心境だったんですね。それでも祝福のメールが三通入りました。とにもかくにも、これで今年最後を飾る喜びも、呆気なく終わりを告げました。でも、書くことしか楽しめない因果で、今夜もモニター画面と睨めっこです。イブ