住所
-
出身
-
ハンドル名
カトリック情報 Catholics in Japanさん
ブログタイトル
カトリック情報 Catholics in Japan
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/catholic_info
ブログ紹介文
聖人伝、教会史、格言、みことばなどを掲載します。フェイスブックのカトリックグループにも投稿しています
自由文
更新頻度(1年)

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ブログ村参加:2016/07/09

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カトリック情報 Catholics in Japanさんのブログ記事

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  • 常に警戒 教皇ピオ12世

    わたしたちの生涯のすべての瞬間と環境にまで及ぶような警戒は、絶対的に必要です。まことに「肉の望むことは霊に反し、霊の望むことは肉に反する」からです。教皇ピオ12世回勅「サクラ・ヴィルジニタス」常に警戒教皇ピオ12世

  • アルベルト・カスティリオニ神父 10、パストーリ先生との出会い

    『シュステル枢機卿-模範的な司牧者』カスティリオニ神父・デルコル神父共著★2、興味ぶかい事件アルベルト・カスティリオニ神父◆10、パストーリ先生との出会い1967年、父が亡くなったので、わたしはまたイタリアに行きました。この機会を利用して、わたしは、どうしても世話になったレニャーノ病院の昔の医者たちに感謝したかったのです。ピッチョー二先生は、すでに停年退職をしており、パストーリ先生は外科の院長になっていました。わたしは、まず、かれを訪ねてみました。「7年まえに、わたしは、先生から手術をうけたカスティリオニ神父です」ときくと、かれは看護婦に命じて、分厚い書類をもってこさせました。ページをめくって、わたしの箇所をみつけ、それを読みました。それから、しげしげと、わたしを眺めると、腑に落ちないといった様子で、またページ...アルベルト・カスティリオニ神父10、パストーリ先生との出会い

  • 聖王カヌト4世殉教者  St. Canutus IV.M. 

    聖王カヌト4世殉教者St.CanutusIV.M.記念日1月19日天主より受けた主権を乱用せず、人民を正しく治め、之に諸徳の模範を示す国王こそ、真に尊敬すべく心服すべき仁君であると言わねばならぬが、聖カヌトもそういう一人であった。カヌトは11世紀の末頃、北欧デンマークの国王であった人である。幼少の時から高貴な身分に相応しい教育を受け、武勇も勝れ、信心も篤かった。父王スウェーノ2世が崩御されるや、勿論彼がその後を襲うて王位に登る筈であったが、彼のあまりにも敬虔なのを毛嫌いした諸侯は、彼の弟ハラルドを選挙して国王としたのである。柔和なカヌトはそれでもその不義をよく耐え忍び、隣国スウェーデンの王ハルスタンの許に身を寄せた。ハルスタンも彼の為に義憤を感じて、デンマークに対し軍を起こす事を勧めたが、彼は自分一個人に対する...聖王カヌト4世殉教者St.CanutusIV.M.

  • アルベルト・カスティリオニ神父 9、八田先生との出会い

    『シュステル枢機卿-模範的な司牧者』カスティリオニ神父・デルコル神父共著★2、興味ぶかい事件アルベルト・カスティリオニ神父◆9、八田先生との出会い温研病院院長八田秋先生にあいさつに行くと、先生は、わたしを見たとたん、驚きの叫びをあげました。「あなたが.カスティリオニ神父さまだとしたら.わたしは幽霊をみているのでしょうか!」「いいえ、正真正銘のわたし自身です。骨も肉もあるカスティリオニです」わたしは、手をさしのばしながら、「おかげさまで、また帰って参りました」と感謝しました。「とんでもない!ちがいます、わたしではありません。これは、神さまのなさったことです」とかれはいいましたが、先生は、信者ではなかったのです。長い病院生活のあいだ、わたしたちは互いに親友の仲だったので、このとき、思いきって聞いてみました。「でも先...アルベルト・カスティリオニ神父9、八田先生との出会い

  • 聖フランシスコ・ザビエル司祭証聖者  St. Franciscus Xaverius C.

    聖フランシスコ・ザビエル司祭証聖者St.FranciscusXaveriusC.記念日12月3日東洋に福音を宣べ伝えた宣教師の中で誰が最も名高いかと言えば、それは聖フランシスコ・ザビエルであろう。彼は1506年4月7日スペインはナヴァラの貴族の子として生まれた。不幸間もなく戦乱その他の災禍が相次ぎ、家は次第に微祿するに至ったが、それでも両親は子供達の教育に意を注ぎ、殊にフランシスコはパリの大学におくって高等の学問を修めさせた。で、彼は貧しい生活の中にも将来の立身出世を夢みつつ孜々として勉学に専念していたのである。所がその頃やはり同じ大学にいたのがロヨラの聖イグナチオであった。彼はフランシスコやファーベルという学生などと同じ屋根の下に起居していたが、その時分から既に一修道会を起こす決心を有し、敬虔にして有為な同志...聖フランシスコ・ザビエル司祭証聖者St.FranciscusXaveriusC.

  • 統治者の心得 教皇大聖グレゴリウス "Liber Regulae Pastoralis"II,6

    統治者はその行動において模範的でなければならない。その生活態度によって、かれはかれの服従者に対して生活のあり方を指し示さねばならない。羊の群れは羊飼いの教えと行動にしたがい、言葉よりもむしろ例を通してより善い生活態度を推し進めることができる。それゆえ、上長はみな自分自身のうちに自分の地位の権力をではなく、かれらの本性的な平等性をみるべきである。人を支配することにではなく、人に仕えることに喜びを見出すべきだ。なぜならば、古代の父祖たちは人びとの王ではなく、羊飼いだったと記されているからだ。教皇大聖グレゴリウス"LiberRegulaePastoralis"II,6統治者の心得教皇大聖グレゴリウス"LiberRegulaePastoralis"II,6

  • アルベルト・カスティリオニ神父 8、とうとう日本に渡る

    『シュステル枢機卿-模範的な司牧者』カスティリオニ神父・デルコル神父共著★2、興味ぶかい事件アルベルト・カスティリオニ神父◆8、とうとう日本に渡る1962年の7月、日本に帰る手続きのため、ニューヨークの近くのサレジオ会管区長館に行くと、にごにζして近づいてくる神父さまがいます。おお、何と縁のふかい出会いでしょう!日本に帰る途中のデルコル神父さまでした。わたしたちは大よろこびで、いっしょにアメリカを飛び立って、7月16日羽田にっきました。空港にわざわざ日本管区長が出迎えるといった大歓迎です。そのあとの、わたしの任地は、もう別府ではありません。大阪の星光学園にある天王寺教会です。わたしは主任司祭に任命されましたが、その前にどうしても行かなければならない所がありました。わずかの荷物をとりに別府に行きましたが、第一の目...アルベルト・カスティリオニ神父8、とうとう日本に渡る

  • 聖カタリナ・ラブレ修道女   St. Catherine Laboure

    聖カタリナ・ラブレ修道女St.CatherineLaboure記念日11月28日不思議のメダイの聖母がお現れになったカタリナ・ラブレはフランスのブルゴンヌの小村で1806年に生まれた。9歳の時母に死に別れてから、もっぱら家事に専念したが、1830年7月18日愛徳姉妹会に入ってパリの修道院に送られた。ある晩カタリナに聖母マリアが現れて、パリの大司教が残酷に殺されるであろうと彼女に告げられた。(この事件は実際1871年に起こった)。その後カタリナが見たまぼろしの一つは、聖母が地球の上に立ち、その手から光がさして地球を祝福される姿であった。その御姿のまわりには「原罪なくして宿り給いし聖マリア、御身に依り頼み奉る我等の為に祈り給え」と記してあった。次ぎにその絵の裏が現れた。そこには十字架を上につけたMの字があり、その下...聖カタリナ・ラブレ修道女St.CatherineLaboure

  • 霊魂が神を探し求めるとすれば 十字架の聖ヨハネ 

    霊魂が神を探し求めるとすれば、神であるその愛する方は、はるかに勝る愛をもって、霊魂を探し求めておいでになる。十字架の聖ヨハネ霊魂が神を探し求めるとすれば十字架の聖ヨハネ