古代日本の歴史を謎解き さん プロフィール

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古代日本の歴史を謎解きさん: 古代日本の歴史を謎解き
ハンドル名古代日本の歴史を謎解き さん
ブログタイトル古代日本の歴史を謎解き
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/ikejun_2007
サイト紹介文日本の古代史の謎に挑戦します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供120回 / 199日(平均4.2回/週) - 参加 2016/10/07 11:11

古代日本の歴史を謎解き さんのブログ記事

  • 後漢書の「漢委奴国王」と魏志倭人伝の「親魏倭王」
  • 後漢書東夷伝倭伝 と 魏志の東夷倭人伝の原文、和訳のサイトを紹介しておきます。後漢書は、後漢朝(西暦25〜220年)の歴史書で成立は5世紀南北朝時代の南朝宋の時代で編者は范曄(はんよう、398年 - 445年)つまり、後漢の時代に書かれたわけではありません。陳寿の魏志倭人伝より、かなりの後の時代です。范曄の後漢書は、漢の時代の事実と魏志倭人伝と范曄の時代の情報がミックスしています。建武中元二年(57年)倭奴国 [続きを読む]
  • 古代日本人の発音と大陸の漢字
  • 以前にも書いた記憶がありますが、再度です。魏志倭人伝に登場する国名と読みを50音に当てはめてみました。※末盧国(マツロ)など一つの感じで、二文字の読みは対象外にしました。結果え母音 は、0個(大きく口を開く発音が苦手?)あ母音 が 23個 圧倒的に多い、続いて い母音 15個タ行は と のみ、ナ行は な 、ヤ行は り のみカ行、ア行、ナ行が多く登場するが、ナ行 は 奴が7回き も7回登場するが、鬼 [続きを読む]
  • 卑弥呼の邪馬台国の次に 第二の邪馬台国 が出来た。
  • 日本で起きたの三国志シリーズで卑弥呼以後の日本を三つの大国に分けて考えてみました。しかし、邪馬台国 と ヤマト朝廷 の関係がいまいちです。諸説あります。1、魏志倭人伝に紹介される邪馬台国は、近畿にあった。  卑弥呼の死後、ヤマト王権と呼ばれるようになり栄え、後に西日本を統一2、邪馬台国は九州中部の国、卑弥呼は狗奴国との戦いで亡くなった。  邪馬台国も無くなり、近畿のヤマト王権が九州も支配するように [続きを読む]
  • 「筑紫磐井の乱」に秘められた謎
  • 日本で起きたの三国志(大和朝廷と筑紫王朝)で筑紫磐井の乱を紹介しましたがふと疑問が筑紫磐井の乱(527年)・ヤマト王権の近江毛野は6万人の兵を率いて、新羅に奪われた南加羅・喙己呑を回復するため、任那へ向かって出発した。・この計画を知った新羅は、筑紫(九州地方北部)の有力者であった磐井へ贈賄し、ヤマト王権軍の妨害を要請した。・磐井は挙兵し、火の国と豊の国を制圧するとともに、倭国と朝鮮半島とを結ぶ海路 [続きを読む]
  • 中国大陸の歴史と日本
  • 先の投稿で、魏志倭人伝に登場する邪馬台国から大和朝廷まの時代を推測しました。実は、中国大陸の歴史に大きな影響を受けています。秦の時代 紀元前776〜206年 秦の始皇帝で有名です。武力による大陸の統一を果たします。     この時代に徐福など、自国を捨てて日本へ移住をする渡来人が多く、弥生時代の到来となります。前漢(紀元前206年 - 8年)と後漢(25年 - 220年)     倭国では、九州北部の国(奴国) [続きを読む]
  • 日本で起きたの三国志(大和朝廷と筑紫王朝)
  • 時代は、5世紀(400年代)になります。この時代は、『宋書』倭国伝と七枝刀 と 広開土王碑の資料から大まかにわかります。4世紀後半、百済は倭国の属民だった。この倭国は筑紫王朝の事です。396年 広開土王みづから、倭の「臣民」となった百残を討った。399年 新羅に倭兵が侵入したと聞いて新羅の救援を約束した。400年 新羅救援のため5万の兵を派遣し、逃げる倭兵を追って任那加羅まで追撃した。404年 倭の水軍が帯方界 [続きを読む]
  • 日本で起きたの三国志(大和朝廷)第二話
  • 日本で起きたの三国志(大和朝廷)第一話続きです。卑弥呼の死後、九州で勢力を伸ばす筑紫朝廷 と 出雲王国 共に3世紀後半の出来事です。旧邪馬台国一派は、行き場をなくし、大分、宮崎で過ごします。日本神話では、天孫降臨の神話にあたります。その様な時代に、大陸と朝鮮半島では、もっと大変な時代に突入します。大陸、265年 魏が滅びる、司馬炎により西晋が出来る   316年 司馬炎が滅びる。八王の乱の時代に突 [続きを読む]
  • 日本で起きたの三国志(大和朝廷)第一話
  • 日本で起きたの三国志(筑紫朝廷)日本で起きたの三国志(出雲王国)に続いて、最後の国 大和朝廷 です。親魏倭王の金印を贈られた卑弥呼も248年に亡くなり、邪馬台国は、その権力を失います。次女王、台与(トヨ)も九州北部から大分(瀬戸内海側)に移住します。魏の国も265年に亡くなり、親魏倭王の金印も力を失います。玄界灘が筑地朝廷、山陰湾岸は、出雲王国が支配しています。大陸との交易ができません。残る航路は [続きを読む]
  • 日本で起きたの三国志(出雲王国)
  • 次に、紹介するのが出雲王国(出雲朝廷かもしれません)魏志倭人伝 が 魏書 で魏の国の歴史書、280年(呉の滅亡)- 297年(陳寿の没年)の間に、魏国に新着された西晋の陳寿が書いています。内容は、当然、魏からの目線であり、297年までの歴史です。魏志倭人伝によりますと・投馬国(とうま、つま、づま国)があります。・投馬国は、五万余戸、奴国は二万余戸ですので、奴国より大きい国です。 ※戸数で人口を推察すること [続きを読む]
  • 日本で起きたの三国志(筑紫朝廷)
  • 弥生時代は、紀元前10世紀頃から、紀元後3世紀中頃と云われています。かなり長い期間です。卑弥呼の死を終わりに、古墳時代の到来となります。弥生時代は、中国から朝鮮半島を経由して渡来人が新しい文化をもたらした時代です。農耕から始まり、織物など衣食住に変化があります。中期には青銅の鋳造で剣など戦争の像具が作られます。全ての文化は、朝鮮半島を通じて九州北部から始まり、徐々に東方へ伝わります。1000年ほどか [続きを読む]
  • 日本神話 神々の名前
  • 日本神話の概略は 古代のロマンたっぷりの日本神話で多少ですが、紹介しています。そして、この日本神話は 古事記 にまとめられている話です。古事記は、712年ですので、奈良時代 漢字もだいぶ普及して、万葉集や東大寺が建立された時代である事も思えておきましょう。天皇家の、ご先祖様が神であり、この日本国を作ったというお話です。物語(ドラマ)は、イザナギとイザナミの二人の神様が日本列島を作る部分からだいぶ詳 [続きを読む]
  • 邪馬台国のヤマタイ、大和朝廷のヤマトの真相『天の国(アマコク)』
  • 倭国(ワ)の真相 『自分の自』に続きます。邪馬台国のヤマタイ 或いは 大和朝廷のヤマト の真相卑弥呼が魏の武皇帝に朝貢して、「親魏倭王」の金印を贈られています。卑弥呼は、武皇帝に何を伝えたかったのでしょうか?何が間違って「邪馬台」「邪馬壹」と当て字をされてしまったのでしょうか?結論から話をします。卑弥呼は、武皇帝に自国の事を「天の国(アマノ国)」と伝えたのです。アマノクニ が ヤマタイ、後のヤマト [続きを読む]
  • 倭国(ワ)の真相 『自分の自』
  • 「ヤマト朝廷」の前身は「邪馬台国」 に続けてです。勝手な発想ですので、読み飛ばして頂いて結構です。倭国のワ現在の言葉で私(ワタシ)、我(ワレ)など自分たちの事を伝える言葉がワで始まります。ワシ、ワレ ワテと云う言葉もあります。当時に大陸に自分たちに国の名前を伝える時に ワ と呼んだのではないでしょうか。私は、倭国のワは 自分に自の意味が含まれているのではないかと思います。時代は、秦の始皇帝より贈ら [続きを読む]
  • 「ヤマト朝廷」の前身は「邪馬台国」
  • 邪馬台国が後にヤマト朝廷になる説これも諸説ありますが、確定ではありません。しかし、こちらの方がおもしろい ので、何度も同じ事を繰り返し話します。ヤマト朝廷について・皇族一族の血統で引き継がれている(西洋では国王、帝王など、中国では皇帝)・現在の平成(今上天皇)が125代目・神社を通じて神道を信仰する宗教国家・起源が古事記・日本書紀に書かれている。・後に神話に基づき神社制度が出来る。日本神話によると [続きを読む]
  • 古代日本を知る 四つのカギ
  • 古代の日本を知る方法は幾つもありますが、まとめると1、文書(史記)の類  ・魏志倭人伝を筆答に中国の史記   但し、中国目線で、呼び名に対して当て字が使われているの難解です。   卑弥呼の死後、台与(トヨ)以降の紹介が無くなります。   中国から贈られた二つの金印「漢委奴国王」と「親魏倭王」  ・日本の歴史書 古事記・日本書紀   こちらは天皇家目線です。   漢字が普及したのが、聖徳太子時代、仏 [続きを読む]
  • 摩訶不思議な邪馬台国の女王『卑弥呼』
  • 突如、魏志倭人伝に登場して来る 邪馬台国 と その女王 卑弥呼魏の初代皇帝に貢物を贈り、親魏倭王の金印や100枚の銅鏡など送られたとあります。魏志倭人伝に紹介される卑弥呼は・倭国大乱の終わり(190年位)に諸国の推薦で女王になる。・生涯独身である。・1000人の女性が身の回りの世話をし、弟が一人いる。・238年に魏へ朝貢し、倭国の代表として金印を贈られる。・248年(或いは、247年)に亡くなり大 [続きを読む]
  • 奴国連合 と 邪馬台国 と 出雲王国
  • 先の投稿魏志倭人伝にみる倭国の人口の続きです。弥生時代の歴史で信ぴょう性のある部分を並べてみましょう。大陸から農耕などの文化が日本に伝わり生活が大きく進化した時代です。紀元前600年位から始まった。・前210年秦の始皇帝と徐福 童男童女3000人と技術者,五穀や数々の道具を船に乗せて、軍人、航海士らと共に20隻の大船団で出航し戻らず。 済州島経由で、長崎の五島列島に到着、船団を玄界灘側と東シナ側に分け [続きを読む]
  • 魏志倭人伝にみる倭国の人口
  • 魏志倭人伝と云えば、狗邪韓国を出発して、方向と距離が記載してあるので諸国の国の位置と女王国邪馬台国の場所を探す手がかりと皆が注目していますが他にも、重要な情報が書いてあります。戸数(家、建物の数)ですが、これが、どこまで信用できるのか。記載のある国で・狗邪韓国 残念ながら記載なし、元々、朝鮮人の国があった場所を倭人が征服したのか      或いは、誰も住んでいない土地に、倭国が人々(住民)を送り込 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝から考える 投馬国の比定地
  • 魏志倭人伝から考える 伊都国、奴国、不弥国の比定地魏志倭人伝から考える 邪馬台国の比定地に続いて、投馬国です。投馬国は・南(行)して投馬国(とまこく)にいたる。水行二十日これも帯方郡から水行二十日・帯方郡から狗邪韓国 七千余里(水行)7日ですので、狗邪韓国から、更に水行13日(一万三千里余)になります。帯方郡から狗邪韓国までの距離に2倍弱です。奴国  二万余戸 投馬国 五万余戸 邪馬台国 七万戸 です [続きを読む]
  • 魏志倭人伝から考える 邪馬台国の比定地
  • 前回の投稿、魏志倭人伝から考える 伊都国、奴国、不弥国の比定地をベースに、いよいよ 邪馬台国に迫ってみます。ここまでの行程を整理します。・帯方郡から伊都国、奴国、不弥国まで、水行10、陸行 5〜7日を有しています。・帯方郡から女王国にいたるのに一万二千余里・南(行)して、邪馬台国まで水行十日、陸行一月・倭国は、周囲の島々を合わせて周旋するこ と五千余里余とあります。倭国は、30国があり、全ての国(3 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝から考える 伊都国、奴国、不弥国の比定地
  • 何度も登場しますが、やはり手がかりが魏志倭人伝です。諸国の地理関係をまとめると・帯方郡から女王国にいたるのに一万二千余里・倭国は、周囲の島々を合わせて周旋するこ と五千余里余・帯方郡から狗邪韓国 七千余里(水行)・狗邪韓国から対馬国 千里余(水行)・対馬国から一支国  千里余(水行)・一支国から末盧国  千里余(水行)合計 水行 10千里余これが、対馬=>壱岐=>松浦半島 は疑うところは無いようで [続きを読む]
  • 魏の国が倭国に付けた名前
  • 魏志倭人伝にでてくる名前について考えてみました。対馬国大官を卑狗(彦:ひこ)、副(官)を卑奴母離(夷守:ひなもり)一支国官(吏)をまた卑狗(彦)、副(官)を卑奴母離(夷守)伊都国官を爾支(にき)といい、副(官)を泄謨觚(しまこ)・柄渠觚(ひここ)奴国官を兇馬觚(しまこ)という。副(官)を卑奴母離(夷守)不弥国官を多模(玉または魂)といい、副官を卑奴母離(夷守)投馬国官を弥弥(耳)という。副(官)を弥弥那利(耳成 [続きを読む]
  • 速報 群(こおり)・倍賀(へか)遺跡調査説明会
  • 大阪府茨木市松下町旧パナソニック工場跡地(ダイワハウス、ヤマト運輸基地 予定地)を遺跡調査今回調査地面積 約16,500平方メートル(遺跡は、更に数倍の地域と思われる)2016年6月から調査して、2107年1月29日13時より説明会がありました。今回の公開は、パナソニック跡地の南四分の一程北側(国道171号線沿い)の半分は既に調査完了、建物が建てられています。残り南側半分の更に半分が調査完了、既に [続きを読む]
  • 6世紀の朝鮮半島と日本
  • 先の投稿、筑紫碧の乱の続きです。朝鮮半島での出来事と日本を年代と共にまとめておきます。527年 ヤマト王権が朝鮮半島の支配を取り戻すために6万の兵を出すが     九州にて筑紫碧が百済と手を組み出兵できず。528年 ヤマト王権軍が筑紫碧を討伐585年 父 用明天皇が即位587年 父 用明天皇が病死、後継争いで蘇我氏と物部氏が戦う。(太子14歳)     蘇我馬子と共に、物部氏を滅ぼす。崇峻天皇が即位 [続きを読む]
  • 古代九州王朝=筑紫氏の終焉
  • 古代九州王朝=筑紫氏の国の存在は間違いないようですがその始まりが不明です。3世紀前半の九州北部の様子は、魏志倭人伝で想像できます。奴国、伊都国など30国があるまり、卑弥呼の祈祷を信じた邪馬台国連合が出来る。朝鮮半島の南端に狗邪韓国があり、倭国が支配している地域であった。卑弥呼の死後、国が乱れ、女王 台与を立て新しい国作りが始まる。百済など朝鮮半島と交易はあったはずですが、筑紫氏と思われる一族はまだ [続きを読む]