古代日本の歴史を謎解き さん プロフィール

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古代日本の歴史を謎解きさん: 古代日本の歴史を謎解き
ハンドル名古代日本の歴史を謎解き さん
ブログタイトル古代日本の歴史を謎解き
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/ikejun_2007
サイト紹介文日本の古代史の謎に挑戦します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供109回 / 170日(平均4.5回/週) - 参加 2016/10/07 11:11

古代日本の歴史を謎解き さんのブログ記事

  • 邪馬台国のヤマタイ、大和朝廷のヤマトの真相『天の国(アマコク)』
  • 倭国(ワ)の真相 『自分の自』に続きます。邪馬台国のヤマタイ 或いは 大和朝廷のヤマト の真相卑弥呼が魏の武皇帝に朝貢して、「親魏倭王」の金印を贈られています。卑弥呼は、武皇帝に何を伝えたかったのでしょうか?何が間違って「邪馬台」「邪馬壹」と当て字をされてしまったのでしょうか?結論から話をします。卑弥呼は、武皇帝に自国の事を「天の国(アマノ国)」と伝えたのです。アマノクニ が ヤマタイ、後のヤマト [続きを読む]
  • 倭国(ワ)の真相 『自分の自』
  • 「ヤマト朝廷」の前身は「邪馬台国」 に続けてです。勝手な発想ですので、読み飛ばして頂いて結構です。倭国のワ現在の言葉で私(ワタシ)、我(ワレ)など自分たちの事を伝える言葉がワで始まります。ワシ、ワレ ワテと云う言葉もあります。当時に大陸に自分たちに国の名前を伝える時に ワ と呼んだのではないでしょうか。私は、倭国のワは 自分に自の意味が含まれているのではないかと思います。時代は、秦の始皇帝より贈ら [続きを読む]
  • 「ヤマト朝廷」の前身は「邪馬台国」
  • 邪馬台国が後にヤマト朝廷になる説これも諸説ありますが、確定ではありません。しかし、こちらの方がおもしろい ので、何度も同じ事を繰り返し話します。ヤマト朝廷について・皇族一族の血統で引き継がれている(西洋では国王、帝王など、中国では皇帝)・現在の平成(今上天皇)が125代目・神社を通じて神道を信仰する宗教国家・起源が古事記・日本書紀に書かれている。・後に神話に基づき神社制度が出来る。日本神話によると [続きを読む]
  • 古代日本を知る 四つのカギ
  • 古代の日本を知る方法は幾つもありますが、まとめると1、文書(史記)の類  ・魏志倭人伝を筆答に中国の史記   但し、中国目線で、呼び名に対して当て字が使われているの難解です。   卑弥呼の死後、台与(トヨ)以降の紹介が無くなります。   中国から贈られた二つの金印「漢委奴国王」と「親魏倭王」  ・日本の歴史書 古事記・日本書紀   こちらは天皇家目線です。   漢字が普及したのが、聖徳太子時代、仏 [続きを読む]
  • 摩訶不思議な邪馬台国の女王『卑弥呼』
  • 突如、魏志倭人伝に登場して来る 邪馬台国 と その女王 卑弥呼魏の初代皇帝に貢物を贈り、親魏倭王の金印や100枚の銅鏡など送られたとあります。魏志倭人伝に紹介される卑弥呼は・倭国大乱の終わり(190年位)に諸国の推薦で女王になる。・生涯独身である。・1000人の女性が身の回りの世話をし、弟が一人いる。・238年に魏へ朝貢し、倭国の代表として金印を贈られる。・248年(或いは、247年)に亡くなり大 [続きを読む]
  • 奴国連合 と 邪馬台国 と 出雲王国
  • 先の投稿魏志倭人伝にみる倭国の人口の続きです。弥生時代の歴史で信ぴょう性のある部分を並べてみましょう。大陸から農耕などの文化が日本に伝わり生活が大きく進化した時代です。紀元前600年位から始まった。・前210年秦の始皇帝と徐福 童男童女3000人と技術者,五穀や数々の道具を船に乗せて、軍人、航海士らと共に20隻の大船団で出航し戻らず。 済州島経由で、長崎の五島列島に到着、船団を玄界灘側と東シナ側に分け [続きを読む]
  • 魏志倭人伝にみる倭国の人口
  • 魏志倭人伝と云えば、狗邪韓国を出発して、方向と距離が記載してあるので諸国の国の位置と女王国邪馬台国の場所を探す手がかりと皆が注目していますが他にも、重要な情報が書いてあります。戸数(家、建物の数)ですが、これが、どこまで信用できるのか。記載のある国で・狗邪韓国 残念ながら記載なし、元々、朝鮮人の国があった場所を倭人が征服したのか      或いは、誰も住んでいない土地に、倭国が人々(住民)を送り込 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝から考える 投馬国の比定地
  • 魏志倭人伝から考える 伊都国、奴国、不弥国の比定地魏志倭人伝から考える 邪馬台国の比定地に続いて、投馬国です。投馬国は・南(行)して投馬国(とまこく)にいたる。水行二十日これも帯方郡から水行二十日・帯方郡から狗邪韓国 七千余里(水行)7日ですので、狗邪韓国から、更に水行13日(一万三千里余)になります。帯方郡から狗邪韓国までの距離に2倍弱です。奴国  二万余戸 投馬国 五万余戸 邪馬台国 七万戸 です [続きを読む]
  • 魏志倭人伝から考える 邪馬台国の比定地
  • 前回の投稿、魏志倭人伝から考える 伊都国、奴国、不弥国の比定地をベースに、いよいよ 邪馬台国に迫ってみます。ここまでの行程を整理します。・帯方郡から伊都国、奴国、不弥国まで、水行10、陸行 5〜7日を有しています。・帯方郡から女王国にいたるのに一万二千余里・南(行)して、邪馬台国まで水行十日、陸行一月・倭国は、周囲の島々を合わせて周旋するこ と五千余里余とあります。倭国は、30国があり、全ての国(3 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝から考える 伊都国、奴国、不弥国の比定地
  • 何度も登場しますが、やはり手がかりが魏志倭人伝です。諸国の地理関係をまとめると・帯方郡から女王国にいたるのに一万二千余里・倭国は、周囲の島々を合わせて周旋するこ と五千余里余・帯方郡から狗邪韓国 七千余里(水行)・狗邪韓国から対馬国 千里余(水行)・対馬国から一支国  千里余(水行)・一支国から末盧国  千里余(水行)合計 水行 10千里余これが、対馬=>壱岐=>松浦半島 は疑うところは無いようで [続きを読む]
  • 魏の国が倭国に付けた名前
  • 魏志倭人伝にでてくる名前について考えてみました。対馬国大官を卑狗(彦:ひこ)、副(官)を卑奴母離(夷守:ひなもり)一支国官(吏)をまた卑狗(彦)、副(官)を卑奴母離(夷守)伊都国官を爾支(にき)といい、副(官)を泄謨觚(しまこ)・柄渠觚(ひここ)奴国官を兇馬觚(しまこ)という。副(官)を卑奴母離(夷守)不弥国官を多模(玉または魂)といい、副官を卑奴母離(夷守)投馬国官を弥弥(耳)という。副(官)を弥弥那利(耳成 [続きを読む]
  • 速報 群(こおり)・倍賀(へか)遺跡調査説明会
  • 大阪府茨木市松下町旧パナソニック工場跡地(ダイワハウス、ヤマト運輸基地 予定地)を遺跡調査今回調査地面積 約16,500平方メートル(遺跡は、更に数倍の地域と思われる)2016年6月から調査して、2107年1月29日13時より説明会がありました。今回の公開は、パナソニック跡地の南四分の一程北側(国道171号線沿い)の半分は既に調査完了、建物が建てられています。残り南側半分の更に半分が調査完了、既に [続きを読む]
  • 6世紀の朝鮮半島と日本
  • 先の投稿、筑紫碧の乱の続きです。朝鮮半島での出来事と日本を年代と共にまとめておきます。527年 ヤマト王権が朝鮮半島の支配を取り戻すために6万の兵を出すが     九州にて筑紫碧が百済と手を組み出兵できず。528年 ヤマト王権軍が筑紫碧を討伐585年 父 用明天皇が即位587年 父 用明天皇が病死、後継争いで蘇我氏と物部氏が戦う。(太子14歳)     蘇我馬子と共に、物部氏を滅ぼす。崇峻天皇が即位 [続きを読む]
  • 古代九州王朝=筑紫氏の終焉
  • 古代九州王朝=筑紫氏の国の存在は間違いないようですがその始まりが不明です。3世紀前半の九州北部の様子は、魏志倭人伝で想像できます。奴国、伊都国など30国があるまり、卑弥呼の祈祷を信じた邪馬台国連合が出来る。朝鮮半島の南端に狗邪韓国があり、倭国が支配している地域であった。卑弥呼の死後、国が乱れ、女王 台与を立て新しい国作りが始まる。百済など朝鮮半島と交易はあったはずですが、筑紫氏と思われる一族はまだ [続きを読む]
  • 筑紫氏と宗像一族、安曇一族
  • 神社は、天照大神(アマテラス)を祀る伊勢神宮をトップとする神宮と素戔嗚(スサノオ)など、天照大神の分家に該当する出雲大社など、大社に分けられます。そして、大社にはもうひとつ、宗像大社があります。天照大神(アマテラス)の弟 素戔嗚(スサノオ)です。その二人が誓約の儀式でアマテラスの勾玉からスサノオが産んだ女神 田心姫神(たごりひめかみ)  沖の島・沖津宮 (長女) 湍津姫神(たぎつひめかみ)  大 島 [続きを読む]
  • 九州王朝とヤマト朝廷
  • 先の投稿から、九州王朝(朝廷)と云う言葉を使っていますが、九州王朝(筑紫王国)は、本当に存在しているようです。吉田武彦氏の「失われた九州王朝」は存在感があります。筑紫の存在・氏姓制度に筑紫氏の表現があります。 350年位と思われますが、近畿のヤマト王権が発した氏姓制度で、地方の豪族に与えた君(キミ)の位 氏名 九州地方は、筑紫氏の名前があります。・古事記の神話でも、冒頭の国生みの神話で、九州は 筑 [続きを読む]
  • 卑弥呼=アマテラスなら スサノオは誰?
  • 先の投稿、卑弥呼=アマテラスなら ツキヨミは誰?の続きになります。日本神話では、スサノオはアマテラスの弟ですので、魏志倭人伝に紹介される卑弥呼の弟で卑弥呼の祈祷の結果を周囲の国王に伝えていた人物です。実際は、時の権力者から送られてきた役人ではないでしょうか。アマテラスとスサノオの誓約、天岩戸の神話では、アマテラスはスサノオを信用せずに、爪をはぐなど体罰を加えて天高原を追放します。実際は、九州北部の [続きを読む]
  • 卑弥呼=アマテラスなら ツキヨミは誰?
  • 先の投稿、三貴神の一人 スサノオ(素戔嗚)、三貴神の一人 ツキヨミ(月読)関連です。議事倭人伝で紹介される女王 卑弥呼ですが、私の考えでは卑弥呼の鬼道とは卑弥呼は一人ではない陵戸・守戸と呼ばれる職業がありました。この陵戸・守戸も、深夜に祈祷を行い、決して人前には姿を出さない職だったのです。日本神話では、この仕事を夜の神(月の神)として、ツキヨミとして表現しました。ツキヨミも一人でなく、古墳時代には、 [続きを読む]
  • 三貴神の一人 スサノオ(素戔嗚)
  • 先に投稿した三貴神の一人 ツキヨミ(月読) の続きです。イザナギが左の目を洗って生まれた神は アマテラス右目を洗って生まれの神が  ツキヨミ 鼻を洗って生まれたの神が  スサノオです。漢委奴国王の時代からヤマト朝廷に至るまでの国々でも少し説明していますがどうしても、このスサノオと云う神様が解せないのです。古代の信仰に、日の神(太陽神)と夜の神(月神)がいれば十分な様に思うのですが誓約から八幡の大蛇の話 [続きを読む]
  • 漢委奴国王の時代からヤマト朝廷に至るまでの国々
  • なんとも、良いタイトルが思いつかない。とにかく、漢委奴国王 の時代からヤマト朝廷に至るまでの国々について以下勝手に、邪馬台国連合、出雲朝廷、筑紫朝廷、ヤマト朝廷と云う言葉を使わせていただきます。紀元前57年に「漢委奴国王」の金印が奴国王贈られていて、100国があったとされています。国と呼んでも、小さな村々で、倭国は九州北部の地域の事です。3世紀になり、「親魏倭王」の金印が卑弥呼に贈られます。魏志倭 [続きを読む]
  • 三貴神の一人 ツキヨミ(月読)
  • イザナミの死後、イザナギが産んだ三貴神アマテラス(長女)、ツキヨミ(長男)、スサノオ(次男)の三人最初に、スサノオが地上界におりて、国造りをします。(出雲の国)スサノオの家系図もあります。アマテラスの子孫であるニニギも遅れて地上界に降りて(天孫降臨)国造りします。(日向の国)それに対して、ツキヨミは、父イザナギの命令で 根の国(死者の国)へ行って以来、登場しません。めちゃくちゃ地味で、その後のどう [続きを読む]
  • 卑弥呼の鬼道とは
  • もう一度、魏志倭人伝の記述からです。Wikiより倭国には元々は男王が置かれていたが、国家成立から70〜80年を経たころ(漢の霊帝の光和年間)倭国乱れ、歴年におよぶ戦乱の後、女子を共立し王とした。その名は卑弥呼である。女王は鬼道によって人心を掌握し、既に高齢で夫は持たず、弟が国の支配を補佐した。1,000人の侍女を持ち、宮室や楼観で起居し、王位に就いて以来、人と会うことはなく、一人の男子が飲食の世話や取次ぎをし、 [続きを読む]
  • 天孫降臨の西都原古墳群
  • 以前に投稿した 吉野ケ里古墳と纒向遺跡 に合わせて紹介したいのが、宮崎の西都原古墳群過去投稿は吉野ケ里遺跡(とりあえず分かりやすく)近畿の倭国 纒向遺跡宮崎の西都原古墳群場所西都市(さいとし)は、宮崎県のほぼ中央部、一ツ瀬川(上流に高千穂、下流に日向灘)が流れる。年代 3世紀〜7世紀第二古墳群81号古墳:3世紀後半の前方後円墳男狭穂塚古墳、女狭穂塚古墳の2基:5世紀初め西都原206号 鬼の窟古墳:7世紀 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝を無視した日本の記紀・古事記
  • 先の投稿で思い出したので、追記です。中国の史記 魏志倭人伝については、既に知っていたはずの天皇家倭人伝に登場する国々 伊都国、奴国など邪馬台国、卑弥呼、祈祷、ライバル国 狗奴国、卑弥弓呼などすべてが古事記には登場しません。倭は幾つも登場します。意図的に記述しなかったのです。日本神話 国生みでも 九州は筑紫島(つくしのしま)胴体が1つで、顔が4つある。顔のそれぞれの名は以下の通り。   白日別(しらひわ [続きを読む]
  • 国名 日本になるまで
  • お正月です。日本と云う国名についてやはりこの人、聖徳太子が影響しているようです。607年に派遣された小野妹子を大使とする遣隋使は、隋の煬帝宛ての国書を持参していた作成したのは、聖徳太子「日出ずる処の天子、日没する処の天子に書をいたす。つつがなきや・・・・自国の事を、日出ずる処 と表現しています。隋の煬帝を 日没する処の天子 と書いたことで反感を食らいます。まだ、日本とは名乗っていません。701年  [続きを読む]