古代日本の歴史を謎解き さん プロフィール

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古代日本の歴史を謎解きさん: 古代日本の歴史を謎解き
ハンドル名古代日本の歴史を謎解き さん
ブログタイトル古代日本の歴史を謎解き
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/ikejun_2007
サイト紹介文日本の古代史の謎に挑戦します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供182回 / 346日(平均3.7回/週) - 参加 2016/10/07 11:11

古代日本の歴史を謎解き さんのブログ記事

  • 卑弥呼は、邪馬台国の女王なのか、倭国の女王なのか?
  • 魏志倭人伝に紹介される邪馬台国の女王 卑弥呼・西暦100年頃から続いた倭国大乱・諸国は、邪馬台国の女王 卑弥呼を立てる事で大乱が治まる。・卑弥呼は1000人の侍女(巫女)と共に生活している。・祈祷を行い、人前には出てこない。この時、既に高齢である。疑問と謎解き邪馬台国はいつ出来たのか(卑弥呼が女王となった時につくられたのか?)どうも、古くからあった国の一つではないか・魏志倭人伝に紹介される30国(玄界灘、 [続きを読む]
  • 卑弥呼の墓の真実
  • 卑弥呼の死後と狗奴国がベースです。卑弥呼のお墓と云えば、奈良県桜井市の箸墓古墳が最有力候補ですが。魏志倭人伝では・大いに冢つかをつくった。径(さしわたし)は百余歩・徇葬者(じゅんそう)の奴婢は百余人であった。しか情報がありません。後は、現存する古墳で年代も加えて、該当しそうな古墳を探すことになります。先の投稿で推測した「卑弥呼の死は突然であった」大きな古墳を作るには、何年もかかり多くは、生前に横穴 [続きを読む]
  • 卑弥呼の死後と狗奴国
  • 魏志倭人伝を時代別に分けてみる。で魏志倭人伝は、魏の時代は、かなり詳しく書かれていても後漢末期 と 魏が滅びて西晋の時代の情報がかなり少ないです。後漢末期は、朝鮮半島北部を公孫氏が支配し、国が大陸と交易が出来ない。大陸も三国志の時代ですので、無理と云えばその通りです。卑弥呼の末期の時代は・邪馬台国の南側にある狗奴国(男王 卑弓弥呼)とは、もともと不和であった。・245年、難升米に黄幢(黄色いはた。 高 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝を時代別に分けてみる。
  • 魏志倭人伝を魏の時代に絞り込んで読んでみる。についてもう少し詳しくしてみます。魏志倭人伝の内容を時代別に分けてみます。1、漢の時代  秦の時代は、始皇帝の一代で終了します。漢の時代時代になります。  57年に、倭国が後漢の初代皇帝 武皇帝に朝貢して、「漢委奴国王」金印が贈られます。  大陸と倭国との交易が盛んにおこなわれ、青銅の農耕具などが日本に伝わります。  魏志倭人伝に紹介される対馬国から末盧国 [続きを読む]
  • 魏志倭人伝を魏の時代に絞り込んで読んでみる。
  • 倭国と邪馬台国の続きです。魏志倭人伝は、三世紀末に西晋の陳寿によって完成しています。 第一章 倭の国々 第二章 倭の風俗 第三章 政治と外交 で構成されています。実は、後漢書の内容を引用した部分と実際に、魏の国と交易した時代と陳寿の時代に知りえた情報が重なり合っています。魏志倭人伝を3世紀中ごろの魏の時代に絞り込んで読んでみましょう。・後漢書から引用した部分 帯方郡から末盧国を経由した奴国、不弥国ま [続きを読む]
  • 倭国と邪馬台国
  • 弥生時代を勘違いしない為にも、基本的な事で倭国 と 邪馬台国 について考えてみます。当時、日本に漢字がありません(文字もないです)いずれも大陸の国(中国)が勝手につけた名前と漢字です。倭国と呼ばれるようになった時代・秦の始皇帝の時代 徐福が東に島国があり、「不老不死の仙人が住み、不老不死の薬がある」と始皇帝に話をもちかけ 3000人の若い男女と複数の船団を準備してもらい、済州島を経由して、日本に渡来し [続きを読む]
  • ヌードダンサー「アマノウズメ」と「サルタヒコ」
  • ちょっと寄り道です。「古事記」日本神話に登場するアメノウズメ(天宇受賣命)日本神話の天の岩戸に登場します。天照大神が機屋で神に奉げる衣を織っていたとき、建速須佐之男命が機屋の屋根に穴を開けて、皮を剥いだ馬を落とし入れた。驚いた1人の天の服織女は梭(ひ)が陰部に刺さって死んでしまった。ここで天照大神は見畏みて、天岩戸に引き篭った。そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、対応を相談した。思金神の [続きを読む]
  • 天照大神は、実は男性だった?
  • 日本神話の神様たちをもう一度(おさらい)で、天照大神が女性だったのか、男性だったのか疑問が解消できなくなりました。男性と思われる最大の理由・家系図が全て男性で繋がっている。女性は天照大神だけです。ネットで検索すると 天照大神の男性説は結構あります。そもそも、天皇家の正当性を書き上げる目的があるはずの「古事記」「日本書紀」わずかに、「日本書紀」で、素戔嗚が「姉の天照大神に会いに行く」と記載されている [続きを読む]
  • 日本神話の神様と神社
  • せっかく、日本神話の神様たちを紹介しましたのでその神様と神社の関係を調べてみました。天照大神 云わずと知れた 伊勢神宮です。しかし、天照大神は幾度も引っ越しをしていただいており、伊勢神宮に鎮座していただいたのは平安時代です。素戔嗚命 出雲大社 天照大神の直系が神宮で、分家に当たる素戔嗚命は大社に当たります。宗像三女神(天照大神と素戔嗚命の誓約で産まれた三人の女神)宗像大社沖津宮 - 多紀理毘売命(た [続きを読む]
  • 日本神話の神様たちをもう一度(おさらい)
  • お盆の休みで時間があるので、日本神話の神様について整理しておきます。こちらのサイトを参考にさせて頂きます。以下補足の説明です。イザナミとイザナギは夫婦です。男女の営みが古事記に記載されていて、イザナミが女性(妻)、イザナギが男性(夫)で間違いないです。二人は力を合わせて国生み(日本の国土と島々)を産みます。その後神生みで、多数の神様を産みます。ここで産まれた神は家宅を表す神および風の神・木の神・野 [続きを読む]
  • 佐賀県伊万里市「とんてんとん祭り」
  • 「トン・テン・トン祭り」の流れ毎年10月に3日間行われます。南北朝の故事になぞられ、荒神輿(あらみこし)を楠木方(南朝)団車(だんじり)を足利方(北朝)に見立てて市内を練りまわります。必ず、荒神輿(あらみこし)が先で、後を追う様に、団車(だんじり)が担がれて移動します。交差点など広い場所で、お互いが陣をとり、太鼓の音(とんてんとんの3拍子)に合わせてぶつけ合います。合戦も官軍の荒神輿が挑発し、朝敵の [続きを読む]
  • 平安末期から鎌倉、南北朝時代をざっくりと
  • 佐賀県伊万里市の「とんてんとん祭り」の由来は南北朝時代の足利軍と楠木軍の戦いにあるようですので、当時の時代背景をざっくりと平安時代末期天皇を中心とする貴族の時代から武士の時代へ権力が移ります。最初に登場したのが、平清盛1160年(平治の乱)朝廷の最大勢力となった藤原信頼を77代後白河天皇共に戦い、藤原信頼を斬首藤原信頼の子供が、牛若丸(後の源義経)が鞍馬寺に預けられる。1180年(治承・寿永の乱) [続きを読む]
  • 今も昔も変わらない物
  • 昔と云っても弥生時代(約2000年前)と比較してです。・日本の地形 北海道は北にあり、九州も四国も今と同じところになりました。(当たり前) 富士山も同じで、阿蘇山も同じように噴煙を出していたでしょう。 しかし、平野、河川は人間が手を加えた為、大きくその地形を変えた地域があります。 古代も今も人が住む地域はあまり変わっていません。・日本の自然 冬は寒く、雪が降る。夏は暑く、台風が来る。これも同じですが、 [続きを読む]
  • 儒教(おまけ)性善説・性悪説
  • おまけという事で、ご存知の方も多いかと思いますが生まれ持って人は持つ性格は善である 性善説生まれ持って人は持つ性格は悪である 性悪説性善説孔子の死後、その思想を継いだのが孟子が唱えた。人が生まれつき持つ4つの心「四端」・人の不幸をほっておけない心・自分のした悪い行動を恥じる心・お互いに譲り合える心・善悪を見分けることができる心人間は生まれながらに善の存在ではあるが、後天的に学ぶ事で悪に汚染される事 [続きを読む]
  • 「老荘思想」 と 徐福
  • 徐福も紀元前3世紀の人物です。中国北東部(黄河下流)の国 斉国の生まれで、方士(学者)でした。「老荘思想」や他の思想も学んでいたでしょう。しかし、斉国も始皇帝に滅ぼされてしまいます。武力支配の統一を行う始皇帝と方士である徐福が意気投合する事はなかったでしょう。始皇帝が老いてきて、死の恐怖に悩まされいる事を知った徐福がとった行動が「東方の三神山に長生不老(不老不死)の霊薬がある」と具申本来なら全員を [続きを読む]
  • 古代中国の思想 「老荘思想」
  • ちょっと中国の古代史です。時代が紀元前5世紀ごろ(秦の始皇帝の時代です)中国は、沢山の国々に分かれていて、それぞれの思想があった様です。その中に「老荘思想」の二つの思想があります。老子を祖とする道教孔子を祖とする儒教 です。簡単に説明すると儒教仁、義、礼、智、信の「五常」 「仁」とは、人への思いやり。愛。儒教の根本をなす。 「義」とは、損得にとらわれない、人のすべきこと。情に流されやすい仁を抑える。 [続きを読む]
  • 渡来人が支配する為に使用した手法「天孫降臨」その2
  • 渡来人が支配する為に使用した手法「天孫降臨」その1の続きです。時は、縄文時代から弥生時代に移り変わりの時代です。大陸から船を使って移住してきた渡来人(弥生人祖先)と既に住んでいた原住民(縄文人)・農耕、建築など文化的にも進んでいる。・言葉も違い大陸の状況を説明しても理解してもらえない。・八百万の神々(山の神、海の神など)自然崇拝があった。渡来人(弥生人祖先)がとった手法八百万の神々を産んだのは、私 [続きを読む]
  • 渡来人が支配する為に使用した手法「天孫降臨」その1
  • さて、まずはイメージです。小さな国で何十年、何百年と同じような生活をしてる民族の所へ新しい文化と技術をもった民族が移住してきます。一例で、大きな船で、稲の種や青銅などの金属の装具をもった人たちが木と石の道具で狩猟を行っていた国に渡来して、共に住むことになります。当然、先進文化を持つ渡来人は、原住民族を労働者として支配したいと考えます。古代において、もっとも都合の良い支配の手段が「神様」になる事でし [続きを読む]
  • 1世紀頃、80年も続いた倭国大乱とは
  • 紀元前5世紀頃、徐福など大陸から船で移住した渡来人により稲作が始まり、九州北部の沢山に国が出来ます。子孫が増えると徐々に中国地方、近畿地方から関東、東北へ弥生文化が広がります。大陸では、秦の始皇帝が無くなり、大陸が乱れます。この時代は、日本列島へ移住してくる人はいなく、弥生人の発展の時代でもあります。この時代を弥生時代初期と呼びます。しかし、紀元前208年 漢王朝が大陸を統一(前漢)漢帝国の時代となり [続きを読む]
  • 古神道から日本神話の世界へ
  • 現在の神社における神道と更に古い古神道の歴史を考えてみました。数千年前の出来事です。旧石器時代、縄文時代と呼ばれる時代です。氷河期で大陸と日本列島が陸続きになり人が移住してきます。氷河期が過ぎると日本列島は大陸から切り離されて、日本独特の文化が産まれます。当時の宗教(?)は雨や嵐、台風など自然の災害にたいする自然崇拝と山や川の恵みへの精霊崇拝でした。恵みをもたらしてくれる山々にある大きな岩や大木を [続きを読む]
  • 古事記と仏教 壬申の乱
  • 古事記と仏教 蘇我入鹿暗殺 に続いてです。再度、歴史をまとめてみると。5世紀には、朝鮮半島は高句麗が南下して百済を支配、多くの百済人が倭国へ移住538年 百済の聖明王から仏教が伝来した。552年 百済が欽明天皇に金銅の釈迦如来像や経典,仏具などを献上 神道派の物部氏 と 仏教派の蘇我氏の争いとなり、結果は587年 丁未の乱、物部氏が滅びる。(蘇我馬子が物部守屋を倒す)592年 蘇我馬子は崇峻天皇を暗 [続きを読む]
  • 古事記と仏教 蘇我入鹿暗殺
  • 古事記と仏教 仏教伝来で紹介した通り蘇我氏の保護の元、仏教がヤマト朝廷で普及します。大きな寺院、奈良 法隆寺、東大寺、大阪の四天王寺などが建立されます。しかし、645年 蘇我入鹿暗殺(乙巳の変)が起きます。同年に大化の改新が行われ、神仏分離に向かいます。平安時代に建立された神社出雲大社、平安神宮など神社の時代になります。「古事記」「日本書紀」の完成もこの時代です。以下の事がわかっています。・中国の史 [続きを読む]
  • 古事記と仏教 仏教伝来
  • 古事記と仏教 仏教伝来で紹介した通り仏教伝来は538年 百済の聖明王から仏教が伝来した。552年 百済が欽明天皇に金銅の釈迦如来像や経典,仏具などを献上ですが、近畿のヤマト朝廷での出来事です。九州や出雲にはもう少し早い時期に伝来したでしょう。しかし、仏教を保護してくれる人材がいませんでした。ヤマト朝廷に使える 蘇我氏が仏教を支持してくれた事が仏教の普及と百済との友好関係ができました。当時の仏教は、 [続きを読む]
  • 古事記と仏教 仏教伝来
  • 古事記と仏教 仏教についての続きです。皆さんご存知通り、仏教はインドで釈迦様(ブッダ)が悟りを得て、その教えが世界に普及するわけですが中国で広く普及したのは、三国時代の後、晋が滅び大陸が戦国の時代となった五胡十六国時代(304〜439年)の様です。国が乱れる中、民衆は救済を求めたのでしょうか。次に、高句麗に372年、百済に384年とされています。新羅は遅れて400年代始めとされています。この時代、倭国は朝鮮半島 [続きを読む]
  • 古事記と仏教 仏教について
  • 「古事記」「日本書紀」は天皇家の正当性を史記に盛り込んだので中国から伝わってきた 仏教 は、全く無視している。どうもそうでもない様です。まずは、仏教について勉強してみます。もうすぐ、お盆ですが、仏教と云えば、お盆に、お寺からお坊さんが来て、お経を上げてもらう。最後に、皆で「南無阿弥陀仏8なむあみだぶつ)」と唱える。おじいちゃん、おばあちゃんが「これで極楽へ行ける」と喜ぶ。結婚式は神社で、お葬式はお [続きを読む]