「花のこゑ」 人道回廊抜けて初蝶海へ消ゆ ヴィーナスの欠けた腕や春の潮 赤く舌延ばす入日や三鬼の忌 沈黙し黙秘したまま咲くさくら 花明かりさびしき街の底にゐて 春暁にたましひ遊びすぎたるか 逃水や助手席の吾子遠かりき
立春の雨うつくしき無縁坂 標なき辻に佇ちゐて涅槃西風 虚空より花のようなる春の雪 残雪や翔ちゆく群の残すこゑ やはらかき水のおもてにみづあふる あらあらと黙深き闇ふきのたう 春雷や奇跡の如く我ら遭ふ
水鳥の黙の水脈より日暮れけり 詩の荒野吼ゆる狼ゐたりけり ふぐりなき狼もゐて咆哮す おほかみのこゑ谺する夜のふかさ 火のごとき孤独を焚べる夜の暖炉 君逝きてなんとつまらぬ冬の薔薇 報はれぬ生き方もあり冬山椒
猫達に送られ向かふ初句会 ジュヴゼーム今はジュテーム春近し 百万回生きた貌して竈猫
大歳の闇にこゑあり天動く うぶすなの初日浴ぶれば生きたしよ 初富士やほろびゆくもの見すゑをり 日溜まりの音なき波の浮寝鳥 そこばかり光こぼれて福寿草
鴛鴦の水脈涸れずあり詩の器 悲しみは拳のかたち通夜寒波 街騒を消してやさしき寒の月 古書街の十一月の日の匂ひ 書架に差す冬日に眠る罪と罰 睥睨す皇帝ダリアなら許す 冬三日月黙しがちなる一行詩
報はれぬ生き方もあり冬山椒 あたたかや妻を名前で呼んでみる 冬銀河こぼれて巨鯨美しきかな 襟立てしコートの歌人絶叫す 虚空より手紙のような初雪来
あかつきの闇に拾ひし月の殻 幾星霜生き延びてきて草の花 花野から荒地へ向かふ母若し むきだしのたましひとなる夕花野 黄落のひかりに溺れてしまひけり 詩のつばさ持ちて渉らむ銀河かな 重力波たゆたふ銀河より銀河
死にたいと嘘云ふ人とゐる小春
人類の午後は失語し秋のこゑ 生きるなら心を燃やせ曼殊沙華 追憶の中に息づく紫苑かな 天界に紫苑咲きしと母のこゑ 追憶が追憶を生む秋の雨 ひたむきな曼殊沙華ふと疎ましき 風の奥かなかなしぐれ遠ざかる
蝉殻を脱ぎ八日目を生きんとす 今生にしがみつきたる蝉の殻 八月の金魚は口で思考せり 置き去りにされし昭和の八月よ 手榴弾のごとく少年石榴投げ 戦乱にカラシニコフと石榴の実 沈黙の水脈に数多の石榴浮く
ホルン奏でよ雨の日の蝸牛
死に似たる花といふ字や春燈
しゃぼん玉ひとは淋しきとき笑ふ
神田カルチェラタン古書肆の森に日脚伸ぶ 継ぎ当ての昭和を生きて針供養 相聞と挽歌さへづるなかあゆむ 春光にいのちひとつを抱きけり 生きるとは死者思ふこと雲に鳥 すかんぽや胸の奥処に父のこゑ わらび餅呼んでゐるのは母だらう
三月を軋ませあまた忌日来る
旅人となり春風の中にゐる
水温む生まれる前にゐた処
おほかみへ捧げよ孤独なる挽歌 うぶすなの初日浴びれば生きたしよ 生きて喰ふ働く人の二日かな 母だけを思ふ日であり七日粥 湯豆腐や二人になつて知る孤独 泣いてからふらりとかへる雪をんな 自由とは孤高のことぞ天の鷹
せせらぎは子らの手を待ち魚は氷に
枯野には父の木のあり泣きに来る 裸木となりて光を纏ひけり 寒禽の空を切り裂きわつと翔つ 永遠の現在形を生きて 冬 いちどだけふれたるものに冬の虹 だれにでも抱かれる猫とゐる霜夜 冬銀河挟みあかんべしたる夢
人類は今厳寒期 知らんけど
遣隋使聞いてゐさふな虎落笛 安楽死した牛たちの大地凍つ
遣隋使聞いてゐさふな虎落笛
どの鳥も美しく羽ばたくお元日 白長須鯨噴き上ぐ淑気かな 父いつも枯野のとほき標の木 そこばかり光零れし福寿草 信念を貫く棒のなき海鼠 成人の日の味淡白な発泡酒 夕暮れが来て狼を見失ふ
死者たちの飛び交ふ虚空より時雨
草紅葉休まぬコイン駐車場
秋天の穴から零れ落つ時間 幻想の都市空にあり曼殊沙華 日本に戦争色の秋夕焼 秋深し生きる理由と死ぬ理由 プロペラ少年秋夕焼けの中帰る
さびしさのぐずぐず崩れ秋しぐれ
叱られし与太が見てゐる秋没日 秋没日(あきいりひ)
いにしへの恋のかをりや葛咲けば
秋燕かつて雲母といふ結社 踏み入りて知るさびしさの夕花野
秋天や掬ひきれない一行詩 秋天の穴から零れ落つ時間
天界にまんだらけ地上にまんじゆさげ まんじゆさげ阿修羅のごとく汝を愛す 過去の修羅寂寞とあり曼殊沙華 曼殊沙華我も一つの宇宙なり 虚と実のあはひにぬつと曼殊沙華
向日葵の朽ちてゆきしも直立す
バーボンと葉巻とペンと夜の驟雨
あぢさゐのうしろは海の暮れてをり 手花火の中を江ノ電通りけり 蟻の列蟻の時間を運びたる
薔薇月夜狂気のやうな告白す
母匂ふ真夜の筍流しかな
黒ジャガーゆつくり出づる薔薇の門
時空の辻 三月がランプを持つて立つてゐる 地震狂ふ時空の辻や雲に鳥 春潮や母の黒髪靡きゐる 一湾にひかりいちまい麗けし 喧嘩して知る春風のやうなもの 親不孝通りを抜けて卒業す 悼 武正美耿子さん身の熟(こな)し美しき人ゆく桃の花
新しき扉開かれ風五月
かにかくに尾道恋し春夕焼 首都は今暮春の寂の中にあり 時流れ忘れな草の風流る 春愁やウィルスはいつも傍にゐる 風光る人間もまた遺跡なり
横須賀の海しづかなる暮春かな
春雷や白衣出でくるラブホテル
支へあひ花の筏は動かざる 余花白し母恋ふ空となりにけり 花しぐれ季の時空を超ゆるかな
青い歴史は勿忘草が書くだらう 勿忘草少年ジョジョは生きてみる
春愁を掬ふ葛西の観覧車 鬱王はぺんぺん草に跪く 花ちらししづかな雨や啄木忌 啄木忌忘れな草の藍かなし コロナ禍のぢつと手をみる啄木忌 「さぼうる」の木椅子二脚が囀れり 旅人の桜は海峡渡りけり
花万朶映して川の曲がりたる 飛花落花鳴けない鳥の哀しかり 沈黙と虚無に遊ぶや花の下 地球こそノアの箱船かげろへる ウィルス狂ふ暮春私は生きてゐる
山廬の灯 混沌と生と死のあり二月来る くぢら哭く春のさびしき日なりけり きさらぎの海や細胞分裂音 探梅や呱呱ゆたかなる村に出づ きさらぎの雪嶺まぢかく山廬の灯 虚空より花のこゑある西行忌 はつとして父の木仰ぐ茂吉の忌
反徒より真白き手紙来る二月
死に似たる花といふ字の煮凝りぬ
水仙の薫りに立ちて見ゆる海
駅裏に酒肆の灯点る二日かな
去年今年冬の時代の足音す 動き出す恩賜の時計去年今年
地の果てに佇つや虚空に冬銀河 夕鶴忌 眞弓の実そのひと粒の重さかな風に色なく腕にふつと抱かるる雁やひとみな水の記憶あり夕鶴の翔ちまた還る花野かな源義忌の泰山木は濡れてをり 曼荼羅の森発光す檀の実月光に化石のごとく彳めり火の海も乾きし海も蚯蚓鳴く雁渡るその奥にある戦後かな秋天へ戦艦大和水脈曳けり うすれゆく時間ありけり柿の天野分晴れ一樹に水のこゑのあり椋鳥に無防備都市の午餐かなジャズ奏で秋の時間を軋ませり五百羅漢の上秋風の吹きゆけり あきらかに我が額めがけ木の実降る木犀の時間の帯に日暮れけり木偶となり今日を生きをりちちろ虫 寂寞と銀河の果てに種子蒔けり夕鶴は秋の星座となりゐたり
『罪と罰』傾れる書架や冬日差す
冬蝶の翅圧し潰す嫉妬かな
銀河人 無窮なる銀河人(ぎんがびと)なり師も我も 渉るべき河あり秋の天頂に 菊坂の下の帽子屋小鳥来る 詩歌(うた)を慾るいのちありけり源義忌 シネマ「街の灯」撥ねし荻窪灯涼し むきだしのたましひになる夕花野 身の軋むほど抱かれたし雁月夜
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