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深夜二時のカラオケ店内には薄く音楽がかかっていたが、それは隣から漏れてくる客の歌声にかき消されていた。あいみょんの『マリーゴールド』を歌っているのは女性の声だったが、時折男の声も混じる。カップルかもしれないし、あるいはそうではない男女かもしれない。もしかしたら、二人組ではなく複数人かもしれない。どちらにしても、壁を隔てたこちら側からは推測することしかできないのだけれど。 僕も歌っていたけれど、数曲歌った段階でやめた。あまりそういう気分ではなかったからだ。ミスター・チルドレンの『イノセント・ワールド』の一番だけを歌った後マイクを置き、液晶に流れ続ける歌詞とモノクロのPVを眺めていた。映っているメ…
彼女の名前はミキキという。それが本名なのか否か、そしてどうしてミキキなのか知らないけれど、僕にとって彼女は『ミキキ』という三文字だった。 長い髪の毛と足先ほどまでのスカート、小さな声と不格好な眼鏡。背は大きくも小さくもなく、体型は普通。どこにでもいて、どこにもいない女性。特別特徴的なパーツや要素はないけれど、その構成要素一つ一つがミキキにぴったりとハマっている。長い髪とスカートも、声も眼鏡も、背も体型も。どれもこれもミキキにぴったりとハマって、その要素がミキキたらしめている。 ミキキは夜の住民で、そうして夜の破壊者だった。 僕たちは夜に出会った。随分と衝撃的な出会いだったと今でも思う。なんとな…
…… ………… 花かんむりの作り方だって私は知らないんだよ。 それ以上に大切なことなんて、ないのにね。 ………… …… hanakanmuri e.p. 1. search the light 駅のホームに閉じ込められた。 ベンチで眠りこけている私に駅員は気が付かなかったらしく、そのまま改札のシャッターを閉じられたというわけだ。そんなことあるのだろうかと思ったけれど、実際こうやって起こってしまっているのだ。 私は記憶を手繰る。どうして私は駅のホームで眠ってしまっていたんだろうか。電車を待っていた、確かそうだったはずだ。非常に疲れていた、確かにそれもそうだったはずだ。けれど前後の記憶の接続がうま…
11/23にこちらに参加をします。僕は現在のところ現地参加できるか未定ですが、よろしければどうぞ。以下試し読み *** 海辺の街には移動販売車がのろのろと走っている。決まった時間に決まった場所に向かうのではなく、トラックは毎日その日の気分で自由気ままにタイヤを転がし、大して美味しくもないサンドイッチを販売している。そう、その移動販売のサンドイッチは大して美味しくはない。決して不味いわけではなくて、大して美味しくないのだ。 けれど不思議なことに大して美味しくないサンドイッチのリピーターは多いようで、よくそこには大して長くはないけれどそれなりには長い列が形成されている。そしてそのリピーターのうちの…
現在僕が遭遇している状況っていうのは、随分と奇妙奇天烈なそれだっていうのは火を見るよりも明らかだと思う。 だってそりゃそうさ。僕はいま太平洋のど真ん中を、ボロボロのモーターボート一匹で、かれこれ三日は進み続けているんだからね。 なにか目的があれば話は別だよ。日本とアメリカの間にある常夏の楽園に向かっているだとか、さらに先に進んで世界一の超大国に上陸したいだとか、南下して野生のカンガルーやタスマニアデビルの観察をしたいだとか、あるいは北上して永久凍土や針葉樹林の景色を見たいだとか。 まあいずれにしろ、そういう理由があるのならば話は別さ。少なくともそういう理由があるのならば、僕が遭遇している状況も…
僕らはお互いに、それぞれ少しばかりの希望を持っていた。 そのくせ、その希望をちっとも大事にしようとしなかった。 ハロー、ハロー。 ぐちゃぐちゃになった僕たちは、一緒に手を握り合うことくらいしかできなかった。 ハロー、ハロー。 夜明けはすぐにやってくる。 日傘が揺れる。 西の果ての島で目をつむる。 そのとき、僕らはお互いのことをほんの少しだけ好きになれた。 ……ような、気がした。 死んだら地獄に真っ逆さまかと思っていたんだけど、実際のところそうじゃなかった。僕はまず神経質すぎるくらいに白い医務室で目が覚めた。僕の主治医(と本人は名乗った)は僕が目を開いたのを確認すると、慣れた様子で笑顔をたたえた…
永遠に止まない雪に閉ざされ、わたしたちは二週間の時間を過ごした。そしてこれからもずっと、このまま永遠の雪の中に閉ざされ続けるのだろう。一年、十年、百年、もっと長い間。そういう、ため息が出るくらいに長い間。 ニュースキャスターは言う。原因は以前不明であると。 突如世界を覆った警報級の大雪は、誰もが寒波が過ぎれば収まるものだと考えていた。だってそういう仕組みで、法則だから。 だからこそ、この非常事態にみんなは慌てている。異常気象なんてレベルじゃない。なにかがおかしいんだ。なにかがおかしくて、どうにかなってしまっていて、どうにもならない。 「この世界では、こんなに雪が降るものなのか?」 「そんなわけ…
昼、そして夏。 大聖堂の鐘の音がバカみたいに鳴る。あまりにもバカみたいに大きな音だったから咄嗟に耳を塞ぐ。鐘は十回ほど空気を揺らしたあとでぱたりと静かになった。 「大運動会みたいなものが始まるのですよ」 隣の人間――ムギさん――がそう言って、わたしの頭をぽんぽんと叩いた。わたしの頭は鐘みたいにバカでかい音は鳴らない。『ぼすっ、ぼすっ、』という無機質で乾いた音だけが鳴る。 「大運動会?」 「はいですね、ハイネ。素晴らしい祝日ですから、今日は。アメリカでは感謝祭というものがあります。ご存知かもしれませんが……。七面鳥とか、パンプキンパイとか、わたくしもその程度しか知りませんけれど、そういう感じです…
昔々のことです。 それはわたしがまだ、カエルと出会う前の話です。 わたしには仲のいい男の子がいました。 その子のことを、わたしは『耳つき尻尾つき』と呼んでました。 でも長いので、普段は略して『みみしっぽ』と呼んでました。 その子の本当の名前をわたしは知りません。 さすがに、本当の名前が『耳つき尻尾つき』なわけはないと思うので。 みみしっぽと仲良くなったのは、わたしが律義に学校というものに通っていたときのことでした。 放課後、校舎裏の日陰でぼーっとしていると、みみしっぽがやってきました。みみしっぽはわたしには目もくれず、スコップ片手に土を掘っていました。せっせと掘っていました。なにをしているんだ…
ランデヴー【rendez-vous】とは、人と人とが待ち合わせること、落ち合うこと。また特に、宇宙船などが互いに接近(ドッキング)すること。 やけに夜空の星がきれいな日で、僕はポケットに忍ばせた百円玉の感触を確かめながら歌を歌っていた。 赤い目玉のサソリ。 青い目玉の子いぬ。 どこかに落ちてたそんな歌の意味なんて一つも知らなくて、でも知らなくても別にいいや、なんてことを考える。その部分しか歌詞を知らない歌は、僕の舌の上で数回転がされた後すぐに消えて後味すら残らなかった。街灯の明かりで可視化された白い息は寒さを増幅するだけでなんの意味もない。凍りついた冬の街の人間は等しく死に絶え、午前一時の信号…
カクヨムやブログに載せていて、消してしまった過去作をいくつかまとめました。 『ソングバード』は初出です。よければどうぞ。 2018年 コーヒーメーカー壊れた 2019年 星の夜 ルビー・チューズデイ ソングバード(初出) 2020年 炭酸ちゃん Library,Sheep,Photon,and Girls 2018年 コーヒーメーカー壊れた コーヒーメーカーが壊れた。朝起きてコーヒーを飲もうと思ったら、お湯が出てきた。 コーヒー豆が少なかったのかと思った。足してみた。お湯が出た。 コンセントを差し直してみた。そうしたら、またお湯が出た。 でも別に、私は落ち込んではいなかった。というのも、私はそ…
なんだか、徐々に本当のわたしが身体から離れていってしまうみたい。 そんなことを思う。 書きかけの日記の上に、窓から舞い込んできた初夏の爽やかな風と日差しが落ちた。 ほんのりと漂う磯の香りと植物の光合成の香り、机の木目を焼く太陽の光。そんな情景の側で、わたしは数日前に書いた日記を見返していた。数日前のことなのに、書いた内容は随分と忘れてしまっている。ページをさらにめくると、それはより一層そうだった。最初のほうにわたしが書いた文章なんて、まるで誰かほかの人が書いたようにすら思える。 そしてどのページも、右上に記していたはずの日付は消えていた。 わたしは書きかけの日記の続きを書こうとする。日記帳の見…
『カエルが帰ってきたのね』 「うん、びっくりした。まさか帰ってくるとは思わなかったから」 『でも、よかったじゃない』 「そうね。とってもうれしい。カエルがいないのは寂しかったから」 『美味しいものを食べさせてあげましょう』 「それと、楽しいとこにも連れていってあげようかな」 『それってどこ?』 「どこだろう?」 『水族館?』 「でも、水族館じゃ泳げないんだよ。それにもし泳げたとしても、カエルは多分食べられちゃう。こんなに小さいから」 『そうだね。食べられちゃったら大変』 「だから、どこにしようかまだ考え中」 『うふふ、随分とカエルに対して甘くなったんじゃないかな?』 「え、そう思う?」 『うん…
カエルはゲコ、と鳴いた。 そうしてすぐに、わたしのマフラーの中に飛び込んできた。 「凍死してしまう」 「ひさしぶり、カエル」 「再会の挨拶は後だ。なんだこの気温は? おかしいではないか」 カエルはわたしのマフラーの中でぷるぷると震えていた。その肌を撫でてみると、確かに凍りつきそうなくらいに冷たくなっている。 干乾びて死んだ次は凍りついて死ぬのか、なんて思いながら、わたしはひさしぶりのカエルとの再会にうれしさを感じていた。てっきり、もう会えないものだとばかり思っていたから。 「梅雨が過ぎたら夏が来る。夏が過ぎたら秋が来る。そうして、秋が過ぎたら今度は冬が来るのだな。まったく、忌々しいものだ」 「…
洗面台に立って、鏡を見てみる。 わたし……うん、そこにはわたしが映っていて、でもそれだけだった。それ以外にはなにもなかった。見慣れた顔、見慣れたわたし。 わたしは見慣れた顔にピストルを突きつける。鏡のわたしも同じようにそうする。トリガーに指をかけて、それを引こうとしたけど、 「ダメだよ」 なんてことを言いながら、君はわたしの後ろからそのピストルを奪って、ゴミ箱にそのままポイって捨ててしまった。 君はとっても整った顔の女の子。 「ひどいなあ」 「洗面台が汚れちゃうから」 「うーん」 「ピストルはダメだよ、いい?」 「分かった」 ひどいなあ。 いつの日かわたしが洗面台で溺れたときも、君は引き上げて…
カップうどんの中の油揚げの上に乗っかってぼーっとしているという不思議ですてきな夢を見ていたので、正直言ってわたしは、目覚めてしまったときに少し機嫌が悪かった。夢が途切れたから。 少し機嫌が悪かったけれど、その悪い機嫌は長くは続かなかった。だって見知らぬ病室のベッドで眠っていたのだから。 飛び起きてまず驚いた。自分の部屋じゃない。わたしは真っ先に身体のあちこちを触ってみた。けれどちゃんと両手両足はついていたし、なにか大きな怪我をしている様子もない。次に頭を疑ったけれど、頭だって同じく怪我をしていない。外傷も、そういう意味でも。 けれどもしかしたら、わたしが気づかないうちにわたしの脳は『そういうこ…
その頃の僕は死なない魔法が使えたので、よく高層ビルの屋上から飛行体験をしてはその独特な感触を味わっていた。昇り始める血塗れの太陽をじっと見据え、両手を放し、両足に力を込める。まだ眠っている街に飛び込むと、空気は身体を切り裂き、鼓膜は静寂にまみれた。重力に導かれるまま地面に叩きつけられるが、しかし僕は死なない。僕にはそういう魔法が使えるのだ。僕は死なない魔法が使える。だから、僕の身体はぐちゃぐちゃにはならないし、生命活動だって停止しない。 叩きつけられた直後、僕は意識を集中させる。直後でなくてもいいのかもしれないけれど、そうしないと痛みに精神と肉体が耐えられなくなるし、意識も混濁しとても集中なん…
持ってる ・ACIDMAN -創 ・andymori -ファンファーレと熱狂 ・Arctic Monkeys -Humbug -Whatever People~ ・ART-SCHOOL -BOYS DON'T CRY -SONIC DEAD KIDS ・ASIAN KUNG-FU GENERATION -君繋ファイブエム -ソルファ -ファンクラブ -フィードバックファイル -崩壊アンプリファ― -マジックディスク -ランドマーク -ワールド ワールド ワールド ・Base Ball Bear -C -(WHAT IS THE)LOVE&POP? ・The Beach Boys -Pet So…
二〇一九年二月九日の夜十時三十分で、学校のプールには氷が張っていた。なぜなら寒いからだ。冬のオホーツクの海がそうであるように、二〇一九年二月九日夜十時三十分の東北の片田舎の、少し小高い丘の上にある学校のプールもそうであった。そうしてその氷には円形の小さい穴が二つ空いていて、そこには細い釣り糸が伸びている。その釣り糸の元を辿ってみると、そこにいたのはタバコを咥えていない男こと僕が一人と、タバコを咥えている女こと彼女が一人。男こと僕は十七歳で、女こと彼女は十三歳だった。つまりはどちらもタバコを吸っちゃいけない年齢であり、十三歳の彼女ならなおさらそうであるのだが、だがしかし煙を夜空に溶かしているのは…
……どうにも物事は思うように動いてくれないし、でもそういうもんなんだよな。 年を取れば世界の広さも加速度的に広がっていくかと思っていたのに、どうやらそうでもないらしく、もう少ししたら変化が訪れるのかもしれないけれど、その変化を待っていたら死んでしまうわけで、そういった言葉のない苛立ちと諦念をどうすればいいのかなんてのは僕には分からないもので、結局のところため息をついたりなにかを殴ってしまったり、そういうことしかできないもんで。けれどそうしたところで根本的な解決にはならないもんで、でもならないからまたため息をついてなにかを殴る。なにか柔らかいものを。だってケガしたくはないからさ……。 *** 「…
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